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 川崎市多摩区で小学生ら2人が死亡し、17人が重軽傷を負った事件で、小学6年の女児(11)とともに亡くなった外務省職員の小山智史さん(39)は宮崎市出身だった。地元の親族らにも衝撃が広がった。

 小山さんは宮崎市の小中学校、県立宮崎大宮高校を卒業後、東京外大を経て、2004年に外務省に入省した。ミャンマー語を駆使する外交官だった。

 宮崎市に住む小山さんの親戚の男性(65)は事件のあった28日の夜、小山さんの家族から電話で悲報を受けた。「都会でひどい事件が起きて驚いていたが、まさか自分の親戚だとは思ってもみなかった。仰天した」

 最後に小山さんに会ったのは05年にあった小山さんの祖父の葬儀だったという。「優秀だという話は、家族からよく聞いていた。外務省に勤め、ミャンマー周辺を行ったり来たりしていると、父親が誇らしく話していたのが印象的だった」

 外務省のホームページによると、小山さんは外務事務官として14年に宮崎県内の高校を回り、「外交官の仕事」といったテーマで講演活動をしていた。

 「海外に行くことに興味が湧いてきた」「分かりやすい説明で、今までで一番楽しい講演だった」「いきいきと話されているのを聴いて、仕事に誇りとやりがいを持って取り組んでいるのだと思った」。そんな生徒たちの感想が、外務省のホームページに掲載されている。

 宮崎県選出の武井俊輔衆院議員は外務政務官を務めていた時に小山さんと仕事を共にした。同じ宮崎出身ということもあり、会食をともにするなど親交を深めてきたという。「本当に理不尽で言葉がない。日本とミャンマーの関係を考えたときに間違いなくエースとなる人だったと思う。日本としても大きな損失。残念でたまらない」と述べた。