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 平安時代に朝廷による東北支配の拠点の一つとなった胆沢城。その一部を再現した「胆沢城跡歴史公園」(岩手県奥州市)が完成した。四方を囲んだ大規模な築地(ついじ)の一部や南北に延びる大路(おおじ)などが再現され、胆沢城の大きさが感じられる。

 国指定史跡の胆沢城跡に再現されたのは、城の正面にあたる幅15メートル、奥行き7・2メートルの外郭南門の柱跡と、その左右に続く高さ5・4メートル、長さ15メートルの築地の一部、外郭南門を南北に抜ける計約187メートルの南大路・城内南大路、溝跡など。広さ1・35ヘクタールで、奥州市が2011年度から整備してきた。整備費は国の補助金を含め約4億6千万円。

 胆沢城は、征夷大将軍の坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が802(延暦21)年に造営した。同市教育委員会によると、発掘調査などからほぼ正方形の一辺約670メートルの築地で囲まれ、政庁や付属建物が建つ大規模なものだった。東北の古代城柵の一部が復元・再現された例は志波城(盛岡市)、秋田城(秋田市)などがある。

 市教委の担当者は「当時の城の規模の大きさを感じてもらえれば」。野外博物館として、隣の市埋蔵文化財調査センターの展示とあわせ、授業や修学旅行での活用にも期待している。案内板にはQRコードを付け、スマートフォンなどでAR(拡張現実)画像が見られる。(泉賢司)