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 美しく整えられた畑が地平線まで続く中国黒竜江省の沙蘭鎮。かつて日本の満蒙開拓団が汗を流した大地だ。

 5月下旬、東京から訪れた中島幼八さん(77)は懐かしくこの風景を見つめた。敗戦直後、3歳の時に中国の養父母に預けられ、16歳で単身、最後の引き揚げ船に飛び乗って帰国するまでをこの周辺で過ごした。

 日中国交正常化後の1970年代から、里帰りは10年に1度のペース。だが、今回は4年しか空けずに訪れた。年を重ね、最後になると思ったからだ。トラクターの荷台に乗って泥道を進んだり、丘の斜面を登ったり。孤児の自分を励まし育て、祖国に帰してくれた恩人の墓を巡った。

 8歳の時に亡くした最初の養父は格好良い人。墓に大好きな酒をかけた。2番目の養父は厳しい人。墓前で「恥じぬよう生きます」と誓った。初めて村を出た先で世話してくれた3番目の養父は優しい人。「作ってくれた饅頭(マントウ)の味が忘れられないよ」と語りかけた。

 養母は守ってくれた人。飢えて死の際にあった自分を引き取り、口移しで食べさせて命をつないだ。幸せを願ってつけてくれた「来福(ライフー)」という幼名。大きくなっても、その名で呼び続けてくれた。帰国後、再会できないまま亡くなった。「たくさんお世話をできなくてごめんなさい」と泣いた。

 湖のそばには10年前に亡くな…

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