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横尾忠則 「ピカソとの日々」書評

 ピカソがあの「ゲルニカ」を描いているま後ろで2人の愛人が鉢合わせ。ピカソをめぐって2人の女が言い争っている。「はっきりさせてちょうだい。私たちのうち、どっちが出ていくか」。ピカソはタイプの違う2人の女性のどちらかを選ぶなんて不可能だ。「きみたちで争って決めたらいい」。2人の取っ組み合いが始まった。猛烈なバトル。個人的恐怖が戦争という社会的恐怖と一体化して歴史的傑作「ゲルニカ」を生んだ。

 こんな話を面白がって新しい愛人フランソワーズに語るピカソとは一体何者!? 21歳で40歳も年長のピカソと会って10年近く、生活を共にし、その間浮気もするピカソとの生活を克明に記録するフランソワーズの愛と憎しみと創造の狂気的実録。そんな中でフランソワーズの冷徹な眼(め)によるピカソの制作過程の実況はピカソの創造の秘密の花園にこっそり侵入したような戦慄(せんりつ)さえ覚える。複雑にからんだ2人の激化する感情の中でピカソの語る哲学をフランソワーズは一字一句記憶の淵から引き出しながら彼女の文学的教養と透徹した知性で視覚言語化していく、その瞬間に私はピカソの錬金術の魔力にひっかかってしまうのだった。フランソワーズは元々画家で、ピカソの作品の模写の経験もあり、身体的技術のなんたるかをよく理解している。

 ピカソとフランソワーズ2人の生活の中に常に亡霊のようにかつての複数の愛人が見え隠れするだけではなく、時には土足で闖入(ちんにゅう)してくることもある。ピカソはそんな闖入者に対して自然体を装うけれど、フランソワーズにとっては心を乱される対象である。2人の間に2児がいて、長男のクロードには私は何度も会っているので彼の子供時代を知りたいと思ったが、多くは語られない。

 ピカソの周辺にはマティス、ジャコメッティ、シャガール、ミロ、レジェらの芸術家が多数登場して、彼らとの交流が生々しく伝えられる。ピカソは相手かまわず、本能むき出しの偏屈、中には絶交してしまう友人もいる。ピカソの破壊をともなう創造は日常生活の中でも例外ではない。ピカソに大きい影響を与えた黒幕的存在でもある運転手は、文化的虚飾に毒されていないだけに透明な感性を持つ。25年間ピカソにかしずいた男だったが、ある不祥事で簡単に解雇されてしまう。「フランソワーズだっていつかあんたを捨てる日がくるでしょうよ」と捨てぜりふを吐いて忘却の彼方(かなた)へ。

 そして、ついにピカソとフランソワーズの破局は現実となった。だけど、この時点で次の愛人がスタンバイしている。ピカソと女の邂逅(かいこう)と別離。2人の女の自殺者。闘牛を愛するピカソは芸術の闘牛士か! 芸術のカオスか!

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「ピカソとの日々」の著者、フランソワーズ・ジロー 21年パリ近郊生まれ。画家。46~53年、ピカソと暮らす。後に米国人と結婚、米国を拠点に活躍する▽カールトン・レイク 1915~2006。米国の作家。

『ピカソとの日々』(フランソワーズ・ジロー、カールトン・レイク著 野中邦子訳 白水社 6480円)