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 ハミでの燃料補給の間、一同はまた飛行機の外に出て束(つか)の間の休息をとった。

 芳子は、わずかな時間差で同じ飛行場に着いた小型飛行機に気づき、「む、何やら気になるぞ」と眉をひそめた。そっと忍び寄り、「どこの便だ。貨物を運んでるってわけでも……」と窓越しに覗(のぞ)こうとしたとき。

 とつぜん飛行機の扉が開き、がっちりと大柄で、大きな目と高い鷲鼻(わしばな)をした東洋人の老人が姿を現した。

 芳子は老人の顔を見上げるなり、「な、南無三!」と顔色を変えた。おろおろと無様に、

「おいらは……ただの、ゴロツキでして……」

 老人はゆっくりと首を曲げ、芳子を見下ろした。

 懐から拳銃を取りだし、芳子の青白い額にピタリと銃口をつける。腹の底に響くような不吉な声で、

「そうだな、愛新覺羅顯王子(王偏に子)(あいしんかくらけんし)よ。清王朝の復活という大いなる夢をなくしてからの貴殿は、ただのゴロツキにちがいあるまい」

「は、はひ……」

「ここでわしを見たことを誰にも口外するでないぞ。娘婿の間久部少佐にもだ。黙っていれば命だけは助けてやろう」

「も、もちろんです。旦那……」

 芳子は震えながらうなずいた。そしてギクシャクとした歩き方で老人が乗る飛行機から離れていった。

 青白い横顔に、冬の風が凍えて吹きつけた。

 ようやく安全と思えるだけ離れると、芳子は足元の小石をコツンと蹴ってみせた。「ただのゴロツキ……」とつぶやき、首を振って「じゃ、ないやい!」と悲しげに続ける。

 それから顔を上げ、首をひねって、

「しかし、あれだけの大物が、なぜこんな辺境の地にいた? まったくわからないことだらけだぜ……」

 冬の空に茜(あかね)色の夕焼けが広がっている。冷たい風が吹きつける。

 遠くからマリアが「みなさーん、出発ですよ」と呼んだ。「はいよ」と芳子も小走りになった。

 全員が乗りこみ、飛行機はまた飛び立った。

 雲を蹴散らして空高く上がり、太陽を反射してキラリと光った。

 

 

  その四 死の砂漠

 

 調査隊はウルムチの飛行場で小型飛行機を降りた。

 ウルムチは高度千メートルの乾いた高地だった。吐く息が白く染まり、体が自然にぶるっと震える。

 道の左右に広がる野菜や香辛料などのバザール(青空市場)はもう店じまいの時間だったが、ウイグル帽を被(かぶ)って濃い髭(ひげ)を生やした男や、色とりどりのスカーフを巻いた女がまだ行き交っていた。長い睫毛(まつげ)と濡(ぬ)れたような黒い目、つややかな黒髪に浅黒い肌をしたエキゾチックな外見の人々と、白い肌に亜麻色の髪、青い目をした人々が入り混じっている。

 ここでは、マリアは現地の住民そのものと見えた。

 マリアはウイグル語で商店主たちと交渉し、小麦と米と卵、根菜を買いこんだ。正人とルイが麻袋に入れて担ぐ。次に、バザールの主らしき年配の男をみつけ、何やら交渉し始める。

 男が妙に丁寧にマリアに頭を下げてから、なぜか自分の額を叩(たた)き、笑いだした。芳子がマリアをつついて「オジイはなにを笑ってんだい?」と聞くと、マリアも微笑(ほほえ)んで、

「わたしのウイグル語の発音が、古い時代のものなので、年長者と話してる気になってしまった、って」

「なんだい、そりゃ」

 と芳子も笑う。そんなマリアの様子を、緑郎は「ふぅむ?」と疑い深い目で観察している。

「マリアは謎の女だぞ。なぜか昔のウイグル語を話すらしいし、ぼくのこともよく知っているような口を利いていた。一方ゴロツキ・ガールの川島は、そんな彼女をガイドとして連れてきたものの、事情をいま一つ知らんようだ……?」

 芳子は、緑郎の疑いを知らず、のんきにマリアと話している。

 マリアが笑顔で、

「おじいさんにはこう説明しました。わたしはウイグル族の娘で、上海で働いて家族に仕送りしていた。だが日本軍の侵攻を受け、故郷に逃げてきた。一緒にいるのは上海で所帯を持った漢族(中国の多数民族)の夫とその家族だ、と」

 緑郎が「なるほどな」とうなずく。

 その隣では、猿田博士が店先の樽(たる)に腰掛け、こっくりこっくり居眠りし始めた。

 ルイと正人は少し離れた場所で荷物番をしていた。正人が「いよいよ砂漠だね、ルイ。調査隊が火の鳥の力をみつけたら、ぼくらは情報と共に重慶に戻り、共産党軍に報告しなくては……」とつぶやいた。

 そのとき、ルイは何者かにぐっと手を引かれ、布地を売る黒いテントの暗闇に引き摺(ず)りこまれた。

「きゃっ?」

 と思わず声を出そうとすると、「シッ」と口を押さえられた。「……青幇(チンパン)の者だ。調査隊が火の鳥の力をみつけたら、我々に合図しろ。全員血祭りに上げる。そして情報を持ち、急ぎ上海に戻る」と囁(ささや)かれる。ルイが黙ってうなずくと、手をぱっと離された。

 ルイはテントから飛びだした。正人が「ルイ?」とキョロキョロし、「いた!」とニッコリする。ルイは「口恩(口偏に恩で「ンン」)(ンン)……」と、棒で叩かれた犬のような弱々しい表情で正人を見上げた。正人が「どうしたのさ」と心配そうに覗きこむ。

 日が翳(かげ)って、高地の乾燥した夜が近づいてきた。

 マリアが「みなさん、砂漠を行くラクダを人数分、それからロプノールまでのガイドを確保しました。明朝出発します」と言った。

 その声に猿田博士がはっと目を覚ました。樽からぴょんと立ちあがって、

「いよいよじゃな。タクラマカン砂漠の幻の湖、ロプノールへ!」

 

 

 一同はウルムチの宿で一泊した。高地の夜は氷点下の寒さだった。暖炉の周りに輪を作り、荷物を枕代わりに眠る。

 夜半、緑郎が何度も寝返りを打ち、「ウーッ……」と呻(うめ)いた。歯を食いしばり、頭をかく。どうも悪い夢を見ているらしい。

「火が……。熱い。火がくる……!」

 とハァハァと荒い息を吐く。

 マリアが目を覚まし、音もなく起きあがった。緑郎を観察し始める。と、緑郎が「か……」とつぶやいたかと思うと、目をギロリと見開き、

「――母さんっ!」

 と叫び、マリアの腕を強く摑(つか)んだ。

 凍える闇の中で、二人の顔が近づいた。緑郎はおどろいてマリアをみつめる。

 マリアは「少佐はよくその夢を見ますね。うなされているのも見飽きました」と冷たい笑みを浮かべた。

 緑郎はとっさに身を引き、「貴様、一体何者だ!」と睨(にら)みつけた。マリアは芳子のほうに身を寄せて寝転がると、「ただのウイグル族の女です。いまはあなたの通訳です」と言い、目を閉じた。

 闇の奥で、そんなマリアを「むっ」と睨む緑郎の二つの目が、暴力的にギラリと光った。

 

 

 明け方、一同は目を覚ました。

 宿を出ると、外の小路にイタチのような小動物が倒れていた。マリアがひょいと拾い、敏捷(びんしょう)に飛んで、宿の屋根に小動物をおいた。

「生きてるなら暖かな日差しで目を覚まします。死んでいたら鳥が食べてくれるでしょう」

 その言葉に、猿田博士が足を止めた。「おやっ、あんたはもしや?」とつぶやき、まじまじとマリアの顔を見た。

     ◇

 〈あらすじ〉 あやうく処刑されるところを正人らに助けられた猿田博士。軍上層部やパトロンの三田村に意見を聞き入れられず、調査隊に合流しようと自ら乗り込んできたのだった。猿田は、火の鳥の持つ力は、緑郎が唱える「士気高揚」どころではなく、「最終兵器」をつくる新たなエネルギー源となる、と語る。緑郎や正人は動揺するが、マリアは冷静に、どちらも「真実とは違うようだ」と思っていた。ウルムチに向かう飛行機は、燃料補給のため、オアシス都市ハミに立ち寄った。