「副反応の治療態勢、整備が欠かせぬ」HPVワクチン

聞き手・編集委員・田村建二
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鹿児島大・高嶋博さんに聞く

 厚生労働省がHPVワクチンの接種を積極的に勧めることをやめて6年になります。現状をどうみるのか、3人の専門家に聞きました。鹿児島大の高嶋博教授(神経内科)はこれまで重い症状を起こした患者の診療に携わってきた経験から、「原因がどうあれ、副反応への治療態勢を整えることが大切」と訴えます。

ワクチン接種と副反応、因果関係わからず

 子宮頸(けい)がんは重大な病気で、患者さんが少しでも減るように対策を考えることは大切だと思います。ただ、ワクチンは健康な人に打つだけに、その効果と安全性のバランスは、病気の人に対する治療薬にも増して、慎重に検討されるべきだと考えています。

 これまでに、HPVワクチンの接種後にさまざまな症状に苦しむ50人近い女性の診療にあたってきました。半数は鹿児島県外からで、全国の各地から重症の方がやって来られます。よくなる方が多い一方、症状が長引いている方もいます。

 ワクチン接種と、副反応との因果関係は今でもよくわかっていません。ただ、私たちはこれまでの診療経験から、重い症状の人たちの多くは体を守るはずの免疫の異常によって脳に炎症が起き、それによって神経障害が起きているとみています。

記憶障害、学習障害

 重い症状の患者さんは、注射を打った場所だけでなく全身に及ぶ痛み、体の脱力や不随意運動などの運動障害、激しい疲労感、記憶障害や学習障害といった症状を伴うことがよくあります。こうした症状は、やはり自己免疫性の脳炎である「橋本脳症」という病気でも起こります。そして、橋本脳症など脳炎の治療に準じて、免疫の暴走を抑えるいくつかの治療を試みることで、症状がよくなることが少なくありません。

 免疫の異常によって神経障害が起こっているという報告は、海外からもいくつか出ています。原因がワクチンなのかどうか、因果関係はまだはっきりしていません。ただ、これはHPVワクチンに限りませんが、ワクチンには免疫の作用を高める成分が含まれていますから、それが症状の原因になったとしても不思議ではありません。

 なぜ一部の人にこうした症状が起こるのか、それもよくわかっていません。もともと症状を起こしやすい要因があって、ワクチンが発症のきっかけになるのかもしれません。ワクチンを打つ前にそうした素因がないかどうかを調べられればいいのですが、今のところ何が素因かはわかりません。

「こころの問題」決めつけは問題

 HPVワクチンを打ったあとで起きた重い症状は、かつては「心因」で起こると考えられ、「身体表現性障害」「身体症状症」などとも呼ばれます。これらの症状は確かにあるが、通常の検査をしてもはっきりとした異常は見つからず、原因もよくわからないために、ストレスや不安などが症状をもたらしていると考えられてきました。しかし、原因がわからないからといって、安易にそのように考えて「こころの問題だ」と決めつけられ、心因があろうがなかろうが精神科や心身医療科に回されてしまった方が少なくありません。症状のつらさを医師にわかってもらえず、傷ついた女性が多いです。私は、こうした現状は問題だと思います。

 橋本脳症もそうですし、ギランバレーや重症筋無力症、それに気管支ぜんそくもそうですが、多くの病気がかつては心因性と考えられていました。それが、医学の発達によってどんな病気かがわかってきたのです。そして、身体症状症の定義にもあてはまる多くの人が、免疫の病気に対する治療によって改善しています。

 HPVワクチンは打つときの注射の痛みが強く、その痛みがきっかけになるという指摘があります。確かに、注射を契機として痛みが長引くようなことはあるでしょう。でもたとえば、よくある頭痛や腰痛症などによる痛みのせいで不随意運動や記憶障害、学習障害まで起こすでしょうか。私は痛みだけではそんなに簡単にそのような症状が起こるとは思いませんし、そのような方も診療では見かけません。ストレスや不安によって痛みをより強く感じることはあっても、ストレスのせいでけいれんや感覚異常などの神経障害が起き、それが数年間も続くというのは、私たちの経験からは考えにくいことです。

診察した患者発症のピーク、テレビ報道より前

 ワクチンの接種後にさまざまな症状が起きたことについて、「副反応を強調するテレビ報道によって不安が高まったためだ」とする見方もあります。しかし、私たちが診察した患者さんが発症した時期のピークは、テレビ報道が始まる前でした。

 世界保健機関(WHO)をはじめ、多くの国の公的機関が「HPVワクチンと重い副反応との関連はみられず、ワクチンは安全」としています。ただ、私たちはまだ、脳のことをよくわかっていません。脳がかかわる病気にはまだなぞが多い。そのことを忘れて、接種後の症状に苦しむ人たちを「ワクチンは無関係」「原因がはっきりしないからこころの問題だ」などと断定してしまうとしたら、苦しむ本人をさらに傷つけ、副反応への治療を遅らせてしまうことにもつながります。

 繰り返しますが、子宮頸がんを防ぐことの重要性には異論はありません。ワクチンの安全性については最終的に厚生労働省が判断して、接種を積極的に勧める措置を再開することもあり得るでしょう。

 ただその場合は、接種後に重い症状が起きたときに、その原因がワクチンであろうとなかろうと、きちんと対応できる診療態勢を整えることが欠かせないと思います。患者さんがどんな状態にあるのかを見極めて、それぞれに合った適切な治療を全国どこでも、すぐに提供できるようにする。そのようにすることで、本当の意味で子宮頸がんへの対策が進むのだと思います。(聞き手・編集委員・田村建二)

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