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 指揮官が喜びを爆発させると、全体にその明るさが波及する。阪神の矢野燿大(あきひろ)監督(50)だ。交流戦は6勝10敗(2分け)と負け越したが、昨季最下位のチームが25日現在、首位巨人と3・5ゲーム差の3位につける。好調の要因のひとつに、今の時代に合った雰囲気づくりがある。

 3月29日の開幕戦。延長十一回にサヨナラ勝ちが決まると、監督は思いっきり右手の拳を突き出し、選手やコーチと喜びを分かち合った。5月5日のDeNA戦では、サヨナラ本塁打を放った福留孝介を大興奮で出迎えた。6月9日の日本ハム戦で、大腸がんの手術から復帰した原口文仁がサヨナラ打を打つと、人目をはばからず、涙した。

 矢野監督は選手と一緒に喜ぶ理由を「俺は楽しむって決めているから。俺が一番楽しまんと、選手は楽しめない」と語る。「微動だにしない監督さんもいれば、いろいろなタイプがいていい。俺は俺のやり方でチームを前に向かせていきたい」。このガッツポーズ、今では「矢野ガッツ」と呼ばれるように。選手も指揮官につられるように、安打を打てば塁上で拳を突き上げる。

 ガッツポーズ以外にも、「矢野流」の雰囲気づくりがある。

 「バビー、いいボールいっとるな」。春季キャンプでブルペンを視察した監督が笑顔で言った。耳に残る「バビー」という言葉。そのとき声をかけられたのは若手右腕、馬場皐輔(こうすけ)だ。監督は選手を下の名前や愛称で呼ぶ。北條史也は「ジョー」、梅野隆太郎は「リュウ」、島田海吏(かいり)は「リー」といった具合だ。思えば監督自身も、選手時代は星野仙一・元監督に(当時の名前の矢野輝弘の「輝」から)「テル」と愛称で呼ばれていた。

 矢野監督の選手時代は「スパルタ式」の指導が当たり前だった。考えが変わったのは現役引退後、2011年から5年間の野球評論家時代という。テレビ番組で野球以外の競技の指導者を取材し、若い選手との接し方を学んだ。高校野球の指導も参考にし、沖縄・興南高の我喜屋(がきや)優監督の著書を読んだことも。「あの5年間は大きかった」

 いま、選手への接し方は徹底した対話路線だ。その手法で昨季は2軍を日本一に導いた。1軍監督就任後も、自ら選手に歩み寄り「どういう選手になりたいのか」「どうすれば1軍に残れるのか」と話し合う。選手を2軍に落とす際も前向きにさせるように言葉をかけ、再昇格への課題を与えているようだ。

 選手も空気の違いを感じ取る。「選手も監督もコーチも元気で、すごくいい雰囲気。ついていけるか不安だったけど、なんとかいけそうな気がします」と6月に1軍復帰した原口。正捕手の梅野は「監督が率先して明るい雰囲気を作ってくれている。若い選手には合っているのかも」。

 他球団も変化を感じている。交流戦で阪神と対戦した23歳のオリックス・山岡は今季の阪神の印象について「とにかく明るいですよね。僕はいいなあと思っています」と話していた。

 監督が若虎たちの心をつかみ、新風を吹き込んだ。折り返しを過ぎたシーズン。12球団ワーストのチーム66失策など課題はあるが、この勢いを持続し、優勝争いに食い込めるか。(辻隆徳、伊藤雅哉