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国連人口基金アジア太平洋地域事務所の地域アドバイザー・森臨太郎さんに聞く

 厚生労働省がHPVワクチンの接種を積極的に勧めることをやめて6年になります。現状をどうみるのか、3人の専門家に聞きました。国際的な研究グループの日本支部「コクランジャパン」前代表で、現在は国連人口基金アジア太平洋地域事務所の地域アドバイザーの森臨太郎さんは「科学者は一般社会の目線にもっと配慮する必要がある」と指摘します。

科学者は一般の関心に目を向けるべき

 HPVワクチンは専門家のみならず一般の多くの人の関心を集め、接種に伴って深刻な被害を受けたと訴える人も少なくありません。そうである以上、科学者は専門的な知見をそのまま伝えるのでは不十分で、「ふつうの人はどのように受けとめるのか」、また「一般の人が本当に知りたいことは何か」について、もっと目を向けるべきだと考えています。

 HPVワクチンの効果と安全性をめぐって昨年5月、私が日本での代表を務めていた「コクラン」という研究者の組織が論文を発表しました。これまでに世界で発表された26件の質の高い臨床研究の結果を統合的に解析したものです。その骨子は「HPVワクチンの予防効果は確実性が高く、重い有害事象のリスクは高まらない」というものでした。

 コクランは世界の研究者が協力して信頼性の高い医療情報を発信することを目的にしています。論文はHPVワクチンの効果と安全性を検証したとして大きな反響を呼びましたが、ワクチンに対して慎重な立場の人だけでなく、コクラン内部の研究者からも論文内容を批判する声が上がりました。

 その指摘をふまえて私は、論文の結論そのものは揺るがないものの、もう少し慎重に向き合うべきだった点が大きく二つあった、と考えています。

手続き上は問題なくても

 一点目は、研究者と製薬会社などとの関係をめぐる「利益相反」の問題です。内部メンバーからの批判の一つは、「ワクチンの関連企業から資金提供を受けていた研究者が、この論文にかかわっている」というものでした。企業からお金を受けている研究者は、その企業にとって都合のいい内容の論文を作成する可能性がある、という趣旨の指摘です。

 コクランはもともと、利益相反に対してはとりわけ厳しい姿勢で臨んできました。実は今回も論文をまとめる前の段階では、ワクチン関連企業とかかわりがより深いと推測される人が含まれていました。それが見直されて、「企業から金銭を受けとったことはあるが、問題はない」と判断された、あるいは関連企業から資金提供を受けたことはないメンバーだけで論文をまとめたのです。それは、コクランが定めたルールにのっとって行われました。手続きの上では、問題はないはずです。

 しかし、利益相反の問題は「一般社会からどのように見られているか」がより重要です。HPVワクチンに関しては研究者と企業の関係をめぐる批判が以前からあったのだから、「手続き上問題がない」からよしとはせず、取り得る最高の方法、つまりワクチン関連企業との金銭的かかわりが一切ない人だけでまとめるべきでした。コクランには数多くの優れた研究者がいるので、そうした人たちに限っても論文をまとめることはできたはずでした。

比較試験での安全性の証明、限界ある

 二点目は、安全性をめぐる検証についてです。論文では「重い有害事象のリスクは高まらない」とされています。

 ただ、この結果は、ワクチンを打った人々と、ワクチンから有効成分を除いたうえで、ワクチンには含まれている「アジュバント」という成分が入った液体を注射した人を比べたものです。アジュバントとは、ワクチンによる免疫反応がより高まるように設計された化学物質で、ほかのワクチンでもアジュバントが含まれる場合と、含まれない場合があります。

 この比べ方は、科学的には正しいものです。「ワクチンの有効性や安全性」をみる場合、ワクチンの有効成分の有無による違いをみるのが本来だからです。そして、有効成分が含まれている側と含まれていない側とで、有害事象の程度にはっきりした差はありませんでした。

 しかし、一般の人たちが知りたいのは、ワクチンを打った人と「アジュバントを打った人」の差ではなく、「打っていない人」と差でしょう。その意味では、この論文の結論は一般の人が知りたい疑問には答えたとはいえません。

 安全性については、今回の論文が取り上げたような比較試験で証明するには限界があります。今回の論文でも、たとえ結論は変わらなかったとしても、そうした限界についても触れるといった配慮が必要だったと思います。個人的には、今回の論文の手法では、安全性について強い結論を導くことはできない、ととらえています。ワクチンを含む医薬品の安全性は、導入後に注意深く情報を集め続けるなどの長い経験を経て、はじめて確立されるものです。

 では、日本で報告されているさまざまな有害事象がすべてアジュバントで説明できるかというと、それはまた別な話だと思います。どれがアジュバントのせいで、どれがそうじゃないのか調べることも難しいです。もしもアジュバントそのものに原因があるとしたら、ワクチンを導入している世界の各国でもっと大きな問題になっていてもおかしくありませんが、今のところそうはなってはいません。

被害訴える人たちの心情に寄り添い

 ワクチンの有効性はこれまでの研究結果から、「ほぼ」確実だと判断しています。そして、安全性については最終的な決着はまだついていないと思います。HPVワクチンをめぐってはまだ不確実な点が残っていて、ワクチンの評価も人によって見解も大きく分かれています。

 現在、私は国連に所属しており、日本の政策についてコメントする立場にはありません。ただ、あくまで一般論ですが、紛争解決を目的とした平和創造プロセスが実施されるように、相反する考え方がある際にはある程度の社会的な合意を形成しつつ進めていくことのほうが、動かないままでいるよりもメリットは大きいのではないか、と感じています。

 そしてその際は、大きな被害を受けたと訴えている人たちの心情に、十分に寄り添っていく必要があると思います。(聞き手・水戸部六美)