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 子どものころからあこがれていた主将になった。しかし、夏の本番を前に体に異変を感じた。夢舞台の前に立ちはだかる壁。ある二塁手が選んだ選択は――。

 4月、一関学院(岩手県一関市)の沢田葵主将(3年)はキャッチボール中に右ひじに強い痛みを覚えた。ときどき違和感を感じることもあったが、この日は違った。

 右ひじの靱帯(じんたい)損傷と診断された。全治3週間。手術の選択肢もあったが断った。術後のリハビリを含めれば、夏の大会には間に合わない。注射と電気療法で炎症を抑えながら回復を待ち、春の県大会はスタンドから仲間の活躍を見守った。

 6月、炎症は引いたが、痛みは消えなかった。仲間に追いつきたくて別メニューをこなしたが、塁間の送球すらままならない。「なんでなんだ」。何度も自分に問いかけた。

 最後の夏は、言葉で思いを伝えるよりも、プレーで仲間を引っ張ろうと決めていた。しかし、医師から言われた期間を過ぎても回復しない。夏の岩手大会まで1カ月を切っていた。

 主将としてなにをすべきか、ひとり考えた。それまでは毎日チームの仲間と練習などについて話し合う場を設け、周りの意見を採り入れながらチーム作りをしてきた。チームは自分ひとりのものではないとの思いからだ。でも、今の自分はどうなのか。けがの回復に時間を割き続けることは、本当に最善策なのか。沢田主将の中で、ある考えが頭をよぎるようになった。そのたびに涙があふれた。

 6月の2週目、沢田主将は覚悟を決めた。

 「夏を諦めたい」。病院からの帰り道、家族にそう伝えた。自分の思いを優先させることで、チームに迷惑をかけたくない。そんな思いを話した。「最後の試合を見たい」と夏の復帰に期待していた両親だったが、母親は「分かった」と背中を押してくれた。

 今はチームのサポート役に徹している。客観的に仲間のプレーを分析し、的確なアドバイスで導いていく。「最後は笑って終わりたいから、監督には本当に勝てる20人を選んでほしいんです」。今まで支えてくれた人たちのために感謝を込めてプレーしたかったが、今は心からそう思えるようになった。

 主将としてずっと見てきたチームだから、誰が試合に出ても勝てる自信がある。「チームで甲子園に行きたい」。めざすのはチーム未到の甲子園ベスト8だ。(御船紗子)