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 1945年6月19日夜、米軍機が福岡市中心部を爆撃し、1千人以上の死者・行方不明者を出した福岡大空襲から19日で74年になる。これを前にした15日、犠牲者を悼み、戦争の悲惨さと平和の大切さを心に刻む集会が市内であった。

 中央区で開かれた「平和のための福岡女性のつどい」では、当時旧制中学1年だった福岡県新宮町の寺川了禄(のりよし)さん(87)が大空襲の翌日に遺体を運んだ体験を語った。

 大空襲の夜、疎開先の篠栗町で就寝中、人々の悲鳴に近い声を聞いて起きた。外に出て、博多方面をみると、ザーッという音とともに、花火が散るように空があかね色に染まっていた。博多が燃えていた。

【動くパノラマ】6月19日の大空襲で焦土と化した福岡市。中央は奈良屋国民学校=1945年6月27日

 翌日、学校に向かうために博多…

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