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 1896年に創部した鳥取西野球部に、歴代初となる女子マネジャーが誕生した。1年生の浅田さくらさんと井戸垣心己(ここな)さん。100年以上の歴史を持つ同部だが、伝統と誇りを保持しながらも新しい時代へ進もうと変わり始めている。

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 鳥取西は1915年の第1回全国中等学校優勝野球大会(現・全国高校野球選手権大会)の開幕試合で勝利を飾って以降、一度も欠場することなく地方大会に出場している夏の皆勤校。こうした長い歴史を持つ学校や強豪校の中には、部の方針として女子マネジャーを受け入れない学校も少なくない。

 鳥取西もこれまでケガなどで離脱した選手がマネジャーに転向することはあったものの、原則としてマネジャーが不在のチームだった。「マネジャーをやりたい」と自ら希望して部を訪れる子にも断りを入れ続けていたという。

 「どうして女子マネジャーがいないんですか」。3年ほど前、部のOB会の総会でそんな意見が出たのがマネジャー誕生のきっかけだった。かつては「男のスポーツ」という印象が強かった野球だが、時代とともにそんな考えも変わった。「本当に必要だろうか」という疑問の声はあったが、批判的な意見は出なかった。「あとは現場に任せよう」。最終決定は監督と部長に委ねられた。

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 「マネジャーやらないか」。浅田真一監督(46)が声をかけたのは、今年度から同校への進学が決まっていた娘のさくらさんだった。さくらさん自身も中学時代から高校野球に携わりたいと思い続けていた。「野球部が駄目ならチアに入ろう」。そう考えていた矢先のことだった。あまりのうれしさに「やるやる!」と二つ返事で引き受けた。

 父と祖父がOBである井戸垣さんも野球に興味があった。勉強との両立に悩んだが、両親にも背中を押され初代マネジャーとしてチームを支えることを決めた。「今は教えられることばかりだけど、ちゃんと選手を導ける存在になりたい」と意気込む。

 これまでと少し景色の変わったグラウンドに、選手たちも刺激を受けていた。中野魁斗(かいと)主将(3年)は「2人に頼りすぎないようにと意識することで、自覚が生まれてチームが引き締まってきた気がする」と部の変革を好意的に受け止める。「守るべき伝統もあるけど、きっと変えていかないといけないこともある」と浅田監督。

 「いきまあーす!」。鳥取西のグラウンドには、男子部員の野太い声に交じって、伝統校の新たな歴史の始まりを告げる女子マネジャーの声が響き渡っていた。(矢田文)