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 「家族の誰かが認知症ではないか」と思うとき、本人にどのようにアプローチするのが良いか、迷っている人に伝えたいことがあります。もし、そのような事態になればどうするか、ポイントをまとめました。一度、ほかのご家族とともに考えてみてください。

本人一人が内緒で受診

 初めて外来に受診にくる人の中には、自らの意思で来る人が想像よりも多くいます。一般的には「家族の誰かが気づいて、そのもの忘れを指摘された人がやってくる」と思われるかもしれませんが、私の外来受診者の1割弱は家族に内緒で来院する人です。

 「どうして一人で来られたのですか、家族と一緒だと、この先のことも話し合えるからいいと思うのですが」と、私が開業した年に来院した高島美千代さんという女性(仮名、48歳)に告げた時、何とも言えないような悲しい表情を浮かべました。一言、「先生もほかの医者と同じでがっかりしました。」と診察室を出ていってしまいました。なんとか呼び止めて診察し、彼女が家族にも言えず、一人悩んだ末に診療所に来たことがわかりました。そして、彼女のつらさと向き合いながら診療を続けた苦い思い出があります。

 彼女は、夫と15歳になる息子さんとの3人暮らしでした。「認知症の当事者は病気に対しての自覚に乏しい」と言われ、年相応のもの忘れとの違いとして語られますが、彼女のような人もいて、治療が始まるまでに時間がかかることがあります。患者さんはそのような間には治療を受けることができず、医師は「空白の時期」と呼んでいます。

「もの忘れ」家族に言えず

 彼女は家族とは仲が良く、何でも話せたはずなのに「もの忘れについては夫にも息子にも言えない」と悩んでいました。家族を思う気持ちが強いあまりのことでした。家族もまた「さっき言ったことをもう忘れている」「最近、少し言うことが食い違う」などと思っても、なかなか本人に指摘できないままでいました。

 検査の結果は今なら軽度認知障害となる、認知症の前段階です。どうするのが最も良い選択なのでしょうか。医師として「まだ大丈夫」と言える程度ですが、私は高島さんに受診を続けてもらいました。彼女の不安が払拭(ふっしょく)されて無くなることはなくても、誰かが相談に乗りながら経過を見ていくことが大切だと考えたからです。

 それから10年後、高島さんはアルツハイマー型認知症になりましたが、経過に合わせて本人の了解のもと、夫や息子さんと一緒に病気を受け止めることができました。

家族に生じる理解の差

 しかしこのような場合だけではなく、本当に気を付けなければならないのは当事者に対する家族の理解に差があるときです。

 黒田和樹さんという男性(仮名、79歳)の場合には、本人は病気であることを受け入れていました。ところが普段から一緒に暮らしている息子と、結婚して他県に住んでいる娘との本人への評価がまったく異なっていました。

 息子は「かなり混乱することもあって、在宅ケアは難しいかもしれない」と考えているのに対して、娘は「私が実家に戻った時にはしっかりとしているから、兄は弱音を吐いている」と誤解してしまいました。

 これはよくあることです。普段から接している人や一緒に生活している人に対しては出る混乱が、時々会う家族には出ないからです。限られた時間内には認知力や実行力が復活したかのような、これまでと変わらない反応を示すことはよくあることです。前回のコラムで書いたように「かかりつけ医」の前ではしっかりとするのと同じでしょう。

 しかし、ことはより重大です。なぜなら家族間での意見の相違は、せっかく築き上げてきた家族の絆が崩れる可能性を秘めているからです。私はこれまでにも介護を経験した家族の意見が異なった結果、争いごとになってしまった例を何度か経験しています。金銭的な問題もありますが、それより重大な問題は家族間の心理的な対立ができてしまうことです。初期認知症の場合、受診のタイミングについても意見が異なることがありますので、その後の本人の経過を大きく左右することになります。

家族の意見が食い違った時のアドバイス

 ① もし、家族の意見が食い違っていて、受診のタイミングを逃しそうになった場合には、当事者をよく知る第三者の意見を参考にしてください。たとえ家族であっても、立場の違いで評価が違うことを忘れず、自分の意見以外の他者の見解を受け入れるこころのゆとりも必要です。家族全員を診てくれている「かかりつけ医」の先生をはじめ、医師の前でしっかりとする場合には、その人と家族の人権、守秘を考えてくれる人なら近所の人の意見でも役に立ちます。

 ② 家族の意見が異なる場合には、一度の話し合いではなく、ある程度の期間をもって(例えば3カ月とか半年とか)、何度かに分けて本人と会ったうえで家族で話し合いましょう。家族の認知症が心配であるほど、人は早く白黒をつけたがるもの。そんな時にこそ時間をかけて家族内の意見調整をすることが大切です。

<アピタル:認知症と生きるには・コラム>

http://www.asahi.com/apital/column/ninchisyou/

(アピタル・松本一生)

アピタル・松本一生

アピタル・松本一生(まつもと・いっしょう) 精神科医

松本診療所(ものわすれクリニック)院長、大阪市立大大学院客員教授。1956年大阪市生まれ。83年大阪歯科大卒。90年関西医科大卒。専門は老年精神医学、家族や支援職の心のケア。大阪市でカウンセリング中心の認知症診療にあたる。著書に「認知症ケアのストレス対処法」(中央法規出版)など