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 「新聞の父」は日本初の憲法草案の起草者だった。兵庫県播磨町出身のジョセフ・ヒコ(1837~97)。町郷土資料館(大中1丁目)で5年前に開かれた企画展の図録に紹介されていた。どんな草案だったのか、記者が調べた。

 草案は1985年、米国の大学図書館から貸し出され、横浜市の横浜開港資料館で展示された。その全文とそれを読み解く論文が、翌年に発行された同開港資料館の紀要第4号に掲載されたと分かり、神戸市立中央図書館で閲覧した。

 紀要によると、草案の奥書(おくがき)は、大政奉還2年前の1865年に幕府に提出したと記す。本文は全32条。大名による議院、世襲制の行政の長(大君)といった支配階級に配慮した条文もみられる一方で、「農工商」(農民や町人)の参政権を認めている。

 例えば、議会は二つの大名議院…

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