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 600人以上が犠牲になった豊橋空襲から74年の20日、愛知県豊橋市の湊町公園で「豊橋空襲犠牲者を追悼し平和を誓うつどい」が開かれた。市民や桜丘高、豊橋中央高の生徒ら約80人が参加した。

 1945年6月19日夜から20日未明にかけ、同市は米軍による空襲を受け、死者は624人に上ったという。この空襲の犠牲と平和の大切さを伝えていこうと、市民団体「豊橋空襲を語りつぐ会」が毎年つどいを開催し、空襲体験者の話を聴いている。

 春日井市在住の川端新二さん(90)は74年前、機関助士として東京へ向かう列車に乗務していた。「『このままでは空襲に巻き込まれる』と、豊橋駅長の判断で定時より3分ほど早く出発した。石炭をくべる手を止めて振り返ると、街は火の海になっていた。定時まで豊橋駅に止まっていたら、千人ほどいた乗客と私たち乗員は助からなかっただろう」と話した。

 つどいでは参加者が追悼の碑に花を捧げ、平和への思いを記した灯籠(とうろう)を川に流した。