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 「4番打者ということで、きょう、打っちゃうんで。よろしくお願いします」。6月21日、埼玉県の川口市営球場での試合前、川口市立の沖朔弥(さくや)君は同じ3年生のメンバーの前で、少し照れた様子で宣言した。

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 いとこの影響で幼いころからプロ野球中継を見て、野球が好きになった。中学には野球部がなく、サッカー部に。でも、「やっぱり野球をやりたい気持ちがあって」。「もうチャンスがない」と思い、野球部のある高校を選んだ。

 入学すると、松原秀馬君(3年)と同じクラスになった。すぐに意気投合し、一緒に野球部に入った。

 沖君は、部でただ一人の初心者だった。周りについていき、追いつけるように、もがく日々。「今もきつい。でも、野球をやる楽しさを味わえている」。松原君と2人の帰り道ではいろいろなことを相談し、教えてもらった。

 初の実戦は1年生のゴールデンウィーク。練習試合で代打に入った。相手投手の「本気の球」に3球三振。「こういうところでやるんだ」と実感した。だからこそ、安打が打てるようになった時、やりがいも喜びも格別だった。

 今年6月19日、埼玉大会組み合わせ抽選会の日。練習後に、大会のメンバー20人が発表された。部員は約60人。メンバーには、沖君を含む3年生3人が入っていなかった。松原君は主将。気持ちは複雑だった。「ずっと3年生14人全員でベンチに入りたいと思っていた。でも、仕方ないことなのかな……」。ともに頑張ってきた沖君にどんな顔をすればいいのか。

 その日も、2人は一緒に帰った。普段通り元気に振る舞う沖君に、松原君は「スタンドとグラウンドだけど、お互いに頑張ろう」と声をかけた。翌日の練習前には、メンバー同士で「『なんであいつが選ばれたんだ』と思われないように、しっかりやろう」と話し合った。

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 「きょう」は、メンバーから外れた3年生の引退試合。「期待を込めた」(鈴木久幹監督)という4番は最初の打席はセカンドライナーに倒れたが、先頭打者の四回、4球目を振り抜くと打球は右前へ。スタンドの保護者や友人、ベンチから大きな歓声がわき上がった。

 一塁上で小さくガッツポーズした沖君は盗塁と犠打で三塁まで進んだ。「精いっぱいのサポートをしようと思った」という松原君がベンチに戻った沖君に真っ先に駆け寄り、ドリンクとグラブを手渡した。

 「『野球をやれた』ことを見せられた」と沖君は誇らしげ。ベンチに入れなかった悔しさもあるが、それ以上に、野球をやる選択をして良かったと思えた。「大会は、裏方で貢献したい」。母親の久美さん(49)も「よくついて行ったとほめてあげたい」。

 「1本打って、盗塁もして、一番輝いていた。一緒にやれてよかった」と松原君。次は、思いを託された自分たちの番。ともに戦う最後の夏が、もうすぐ始まる。(高絢実)