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2002年平和の詩「未来に向かって」 具志川高3年・名護愛

1945年8月15日

終戦の日

戦争という名の

悲劇から

57年経った

今日も

平和に向かって

時を刻む音がする

しかし

まだ

「戦争」は

終わってないのかもしれない

1972年5月15日

沖縄本土復帰の日

その日を前に

先生が

「平和」について

熱く語る

私は

「平和」について

真剣に考える

見たことのない戦争を

想像してみる

すると

真っ青に晴れた

雲一つない空に

米軍機の爆音が

響きわたる

先生の声は

爆音に消され

生徒の目は

音を睨(にら)む

戦争はまだ

「音」として

残っていた

米軍基地の前を

家路に向(むか)う

フェンスを背に

暑い日差しを浴びながら

輝(かが)やく笑顔で

子ども達(たち)が遊ぶ

フェンスの向こう側には

武装した軍人が

立っている

日差しに照らされ

汗だくの顔で

立っている

腕に持っている

銃は

誰に向けるのか

私の目は

銃を睨む

戦争はまだ

「武器」として

残っていた

五月晴れの午(ひる)さがり

家族連れの人々

恋人同士

友達同士

人・人・人の

あふれる中で

「めぐまれない人へ」の

キャッチフレーズと共に

笑うことを忘れて

未来に怯(おび)えている少女の瞳が

私を見つめる

私の目は

過去を睨む

戦争はまだ

「傷跡(きずあと)」として

残っていた

6月23日

慰霊の日

祖父と祖母

そして私

正午をつげる鐘

摩文仁に向かって

合掌する

ふしくれた手

しわが刻まれた

その頰に

涙が

こぼれ落ちる

その年老いた目が

見つめる先には

何があるのか

私も

見つめてみた

戦争はまだ

「悲鳴」として

残っていた

「爆音」が消え

「武器」は葬られ

「傷跡」は癒やされ

「悲鳴」は静寂と化す

その時

戦争という名の悲劇は

幕を閉じる

地球に生きる

人間

動物

自然が

互いの立場を

理解し

協調し合った

その瞬間

「平和」は

きっと生まれる

私は空を仰いだ

私は大きく息を吸った

私は遥(はる)か彼方(かなた)を見つめた

私の未来を想像した

乾いた大地に

恵みの雨が降る

雨は上がり

空には

一筋の虹が見える

風が

大地をそっとなでる

その風は

エイサーの音色とともに

人々の心を癒やし

広い海へ

広い世界へと

吹きわたり

平和の意義を

響かせてゆく

(沖縄県平和祈念資料館提供)