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 長らく苦楽をともにしてきた同期だからこそ、その記録のすごさがわかる。プロ野球西武の中村剛也内野手(35)が19日のオリックス戦(メットライフ)で通算400号本塁打を達成した。1611試合での到達は史上5番目の速さ。本塁打王を6度獲得し、「おかわり君」の愛称で親しまれる中村が本塁打を量産できる秘訣(ひけつ)はなにか。同じ2001年秋のドラフトで入団し、西武を支えてきた同級生の栗山巧外野手(35)が語った。

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 「400本って、とんでもない数字ですよ。30本を10年打っても届かないんですから。20本を20年ですか。素直に、すごいことやなって思います」

 プロ野球でも過去19人しか達成していない記録の意味を、栗山はこう語る。

 2人がチームメートになったのは高校3年、18歳のとき。大阪桐蔭高の中村が2巡目で指名され、兵庫・育英高の栗山が4位で指名されたときからだった。

 「えらいのんびりしたやつやなあ、と。マイペースというか、変わったやっちゃなと思ってました」

 今でも忘れられないのが、初めて行動をともにした入団会見。担当スカウトと新幹線に乗り込み、関西から所沢へ。中村は当時流行し始めていたカメラ付き携帯を取り出し、富士山を撮っていた。

 「チンチロリン、って音がするんで、見たら富士山撮っていて。会見前に何しとんやコイツ、って。面白いやつだなーって」

 水と油。自らがこう表現するように、同い年の2人は入団したときから目指すところも違った。

 「2軍にいても、そもそも田辺(徳雄・元西武監督)さんの指導がまず違うんです。『おかわり、三振を恐れずに思い切っていけ』と。僕は三振すると『栗山、なんとか当てろ』と言われる。三振をしないようにバットを内側から出しなさいと。求められるものが、まず違いました」

 2人はお互いの道を極め、08年に中村が初の本塁打王、栗山は同じ年に最多安打のタイトルを獲得。日本シリーズでは巨人を破って日本一に輝き、ともにリーグを代表する打者になった。そして、本塁打王を6度獲得し、年齢を重ねても、その姿勢を「マイペース」で貫いているのが中村のすごさだという。

 「三振をとにかく恐れない。普通、そう言われても三振したくないじゃないですか。バッティング練習のときから、あいつの目指すべきところはホームランなんです。バッターってまずは芯に当てて、ライナーからあげていって、というのが通常なんですけど、まずはホームラン、フェンスオーバーありきで何事も始めていく。ここ数年、自分もバッティングの研究をしていて、『ああ、全然ちゃうなあ』と。入っていく第1歩が違うんだなあって思いました」

 現役では最多の1677三振(19日現在)。出場試合数より三振数のほうが多い。近年は打撃の軸といわれる右ひざのけがに悩まされてきたが代打でも、本塁打を狙うスタンスは変えなかった。

 「あいつはほんまぶれないんですよ。覇気のなさそうな三振するじゃないですか、あいつ。笑 でもあれはちゃんと狙い球があって、勝負にいってる。三振して、『しっかりやれー!』みたいなヤジもあって、悔しい思いもしてきたでしょうけど、あいつのなかでは、人にはわかれへん仕方で勝負している。そういう勝負を積み重ねているから、400までたどりつくんでしょうね」

 フリーエージェント(FA)でたびたび主力が抜けてきたチームにあって、2人はともにFA宣言をしたうえで残留。中村は昨年の会見で「(栗山の)まねをしました」と冗談っぽくいった。同期入団かつ同学年で、これほど長く主力として活躍するのも珍しい。

 「いるのが当たり前、ってくらいで特になにか思うことはないです。ただ、一日一日、『あのとき頑張っておけばよかったな』と思うことがないようにはしたいですよね。今年や来年に現役が終わるんなら、今からなにやってももう時すでに遅し、みたいなところもある。でも、まだあと4~5年やるぞって思ってるなら、今一生懸命やっても遅いことはない。サンペイ(中村)もいろいろ工夫していますし、その積み重ねでどこまでいけるかが楽しみですね」(照屋健)