「恥」だったハンセン病の父 葛藤も裁判も「長かった」

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池上桃子
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 差別や偏見に苦しみ、国の責任を問うたハンセン病患者家族の訴えが、初めて認められた。原告や弁護団は「画期的」と評価する一方、原告全員の被害が認められず複雑な思いものぞかせた。「今日がスタート」。国が被害回復に本気で取り組むことを求めている。

 ハンセン病の元患者家族が国に損害賠償と謝罪を求めた訴訟で、熊本地裁は28日、国に賠償を命じる判決を出した。

 判決を読み上げる裁判長を原告団長の林力(ちから)さん(94)は、まっすぐ見つめた。言い渡しが終わると深く息をつき、原告団の仲間と握手を固く交わした。

 林さんの人生は13歳になった年の夏、父の馬場廣蔵さんがハンセン病療養所星塚敬愛園(鹿児島県)に入所したことで一変した。

 隠れて泣きながら父を送った数日後、白い服に帽子、長靴姿の男性たちが家に上がり込み、「消毒」として白い粉をまいていった。近所の人は窓を閉め切って家にこもり、翌日から口をきいてくれなくなった。周囲の子に「くされの子」と指をさされ、母と一時、親類を頼って上京。名字も変えた。

 だが、父の存在はその後もつきまとった。小学校教師になった20代の頃、同僚の女性を好きになった。駅まで手をつないで歩くだけで幸せを感じていた。だが、ある日、彼女は目も合わせてくれなくなった。その前日、見知らぬ人が自宅に来て、母に「父のこと」を問いただしていた。

 次第に父をうとましく思うよ…

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