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 地域で働く医療・保健・福祉関係者の災害対応力を高め、避難所での健康被害や災害関連死を減らそうという研修会が6月30日、昨夏の豪雨災害で大きな被害を受けた、まび記念病院(岡山県倉敷市真備町川辺)で開かれた。日本災害医学会が開発し2017年に始めた訓練コースで、県内での開催は初めて。

 この研修は、地元の医療や保健、福祉の専門職たちが災害発生直後から避難所運営まで、「地域住民の命や健康を守る」ための考え方や技術を身につけるのが目的だ。

 正式名は「地域保健・福祉における災害対応標準化トレーニングコース」といい、通常は英語の頭文字を取った「BHELP(ビーヘルプ)」の愛称で呼ばれている。1日約8時間、四つの座学と五つの演習で学び、最後の筆記試験で合格すると修了証がもらえる。

 この日は倉敷や総社、岡山から、医師、看護師、保健師、介護職員、行政、介護施設長などさまざまな職種の約40人が参加した。

 最初にインストラクターが「立っていられないような揺れを感じた」という設定を提示。そこから、自分の身を守るための行動▽緊急避難場所での行動▽指定避難所での行動――と時系列に沿って、とるべき対応を5、6人ごとの班に分かれ議論した。

 内容は、状況の把握方法や、避難所運営の注意事項、感染症やエコノミークラス症候群など起きやすい健康リスクの評価と対応策など多岐にわたる。

 まび記念病院からは、村上和春理事長や村松友義院長をはじめ、多数の職員が参加した。

 村上理事長は開講のあいさつで「1年前は、泥の海になった院内を暗い気持ちで見ながら、患者をどうやって避難させるか悩んでいた。災害に対してあまりにも無知だった。『無知はあらゆる悲惨の始まり』という言葉がある。次の時にはどう対応するか。この研修で体に染みこませなければ」と話した。

 この研修は、多様な職種の人たちが対等の立場で卓を囲み意見を出し合うのが特徴だ。村松院長は「多職種の人たちの意見を聞いて、自分が医師としての視点でしか考えていなかったことに気がついた。被災はつらい経験だったが、代わりに得たものも大きい」と話し、修了証を笑顔で受け取った。(中村通子)

 《解説》昨夏の西日本豪雨災害では、日本DMAT(災害派遣医療チーム)をはじめとする様々な医療支援チームが多数、全国各地から被災地に駆けつけた。

 このような「外からの救援チーム」は、1995年の阪神大震災を契機に誕生。今では救急から精神科、リハビリ、公衆衛生、福祉など、幅広い職種のチームがある。

 だが、外からの支援は、現地に着くのに早くても半日程度かかる。それまでは被災地の「自助・共助」が頼りだ。

 2011年の東日本大震災では、津波などからは助かったのに、避難生活の過酷さで命を失う「災害関連死」が多発した。

 避難生活の改善には様々な課題があるが、中でも災害発生直後の避難所設営時に適切な配慮ができるかどうかは、その後の環境の質を大きく左右する。

 地元の医療保健福祉関係者は被災者でもある。それは、避難所の健康を自らの問題として捉えられる専門職が、災害直後から現地にいるということである。BHELPは、この利点を最大限に発揮するための研修だ。DMAT研修をする日本災害医学会が開発した。

 災害時、混乱する被災地が支援をスムーズに受け入れるのは、かなり難しい。BHELPによって、地元がDMATなど外部チームとの共通理解を得ていれば「受援力」も高まる。それは、被災者の命と健康を守り、地域の復旧復興を早めることにつながるだろう。

 昨夏、真備地区で様々な支援活動をしたNPO法人「ピースウィンズ・ジャパン(PWJ)」が今回の研修会を主催した。コーディネーターを務めた稲葉基高医師(40)は、浸水で孤立した、まび記念病院に最初に救援に入り、患者らの避難に尽力した。真備町での研修開催の思いを聞いた。

 県で初のBHELP研修を、真備で開けてよかった。他県でもインストラクターをしたが、今回は参加者の目の色が違う。被災の実体験があり、皆、課題を自分のこととして考え、意見を述べていた。指導したメンバーも勉強になった。

 知識や技術を身につけることに加え、地域の保健・福祉のキーパーソンが一堂に会し、一日中顔を突き合わせて自由にアイデアや意見を交わす機会は貴重だ。今回の研修をきっかけにこの地域で「次」に向けた動きにつながると思う。

 南海トラフ大地震や気候変動など、岡山の災害リスクは高まっている。地元の医療・保健・福祉関係者の対応力向上は、被災者の命を守るために欠かせない。これから毎年1回、県内各地で開いていきたい。