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 相続で重要な役割を果たすのが遺言です。作成する人は年々増えているものの、全体から見ればまだ少数派。遺言と言われても、形式張っていて、手続きも面倒くさそう。そう思っている人も多いのでは。約40年ぶりの相続法改正で、遺言の使い勝手がよくなりました。何がどう変わったのか、注意すべきポイントはどこか。専門家らに聞きました。

自筆の遺言 使いやすく

 約40年ぶりに見直された相続法制では、家族のあり方が多様化していることを踏まえ、遺言の活用を促す仕組みも盛り込まれました。

 遺言がなければ故人の財産は法定相続人に引き継がれますが、遺言で財産の分割方法や取り分などを指定していれば、事実婚や同性婚のパートナーなど法定相続人以外の人にも財産を与えることができます。相続をめぐる紛争を事前に防ぐことにもなります。

 遺言は主に2種類あります。公証人が作る「公正証書遺言」と自分で手書きする「自筆証書遺言」です。公証人は検察官や裁判官の経験者らが務めており、形式が法的に不備になる心配もありませんが、有料です。一方、自筆証書遺言は無料で作れますが、自宅で保管されることが多く紛失のリスクも高い▽形式不備によって遺言が無効になる恐れがある▽偽造・変造を防ぐために家庭裁判所で「検認」という手続きが必要で手間ひまがかかる――といった課題がありました。

 今回の改正で、自筆証書遺言の使い勝手をよくするため、これらの課題が改善されました。2020年7月からは遺言書を全国の法務局に預けられるようになり、紛失の心配はなくなります。被相続人の死亡後、相続人は遺言書を保管する法務局で閲覧できるほか、各地の法務局から検索も可能になります。遺言書を預ける際に法務局の職員がチェックするので、形式不備が原因で無効になるのを防げます。また、法務局に預けると家裁の検認が不要になり、負担が減ります。

 今年1月からは、自筆証書遺言の手書きの分量も減りました。財産目録をパソコンで作ったり、通帳のコピーを添付したりすればよくなりました。(浦野直樹)

公正証書 10年で1・5倍

 公証人役場で公証人らと作成する公正証書遺言に比べ、紙とペンと印鑑さえあれば無料で作れる自筆証書遺言は手軽で、相続法の改正でより使い勝手もよくなりました。これまでデメリットとして挙げられていた「検認の手間」や「紛失のおそれ」が改善されたからです。

 一方で、実際に遺言内容を執行するまでのスピードが速いという点では公正証書遺言にメリットがあります。自筆証書遺言は執行する前に全相続人に遺言の存在を知らせる必要があり、全相続人の戸籍謄本などが必要になります。公正証書遺言ではこうした手続きが不要だからです。

 日本公証人連合会によると、2018年に全国で作成された公正証書遺言は11万471件で、10年間で1.5倍近くまで増加。自筆証書遺言についても、家庭裁判所での検認数が17年は1万7394件と、10年前より4千件ほど増えています。日本の年間死亡者数全体から見るとまだ1割程度ですが、遺言を残す人は年々増え続けています。

 ただ気をつけなければいけないのは、相続人の争いを避ける目的で書いた遺言が、内容や書き方によっては逆に争いを引き起こす可能性があるということです。相続争いになってしまうと、せっかく遺言を書いてもその通りに遺産が分けられないことにもなり得ます。

 こうした事態を避けるため、作成にあたっては弁護士などの専門家に相談したり、残された家族に対するメッセージを自由に書ける「付言事項」で遺言の意図や思いを書き残したりすることも選択肢の一つです。(鈴木友里子

子と同居の場合、ぜひ準備を 弁護士・武内優宏さん

 遺言を書いた方がいい人として真っ先に挙げられるのが、子どもと同居しているケースです。同居の長男と別居の長女がいる場合、長男は親が亡くなったら自宅は自分の物になると考えます。一方の長女は、これまで居住費がかからなかった長男と同等以上の遺産をもらう権利があると考えます。自宅の価値と同程度の預貯金があれば、自宅は長男、預貯金は長女と分けられますが、自宅以外にめぼしい遺産がないことも少なくなく、争いになりやすいです。

 子どもがおらず高齢のきょうだいが相続人の場合にも遺言があった方がいいです。相続人の負担軽減につながるからです。遠方に住んでいればなおさらです。遺言があれば遺産分割協議が要らないですし、遺言執行者を決めておけば相続人の負担はさらに減ります。また、相続人の数が多い場合や離婚調停中も遺言を書いた方がいいでしょう。

 遺言で大切なのは、全ての財産について分け方を明記すること。遺言されていない財産があると、結局争いになりかねません。相続人が最低限相続できる「遺留分」にも配慮が必要です。例えば「全ての財産を長男に」とすると、遺留分を巡って次男と争いになる可能性があります。

 「ウチの子どもたちは仲が良いから、遺言なんて無くてももめない」と考える人は多いです。しかし親は扇の要であり、いなくなると子どもたちの関係性が変わることも少なくありません。また、大抵の子どもは親が好きですから、親が生前に何を考えていたのか「正解」を知りたいとも思います。遺言を残すことは子どもたちへの優しさだと言えます。(聞き手・鈴木友里子

「犬神家」あり得る? ミステリー好きの司法書士に聞く

 「遺言」と聞き、何度も映像化されてきた横溝正史の小説「犬神家の一族」を思い出す方もいるのでは。意外な遺言が、一族を陰惨な殺人事件に引き込む物語。でも現実的にあんな遺言、あり得るのでしょうか?

 小説で、大富豪の犬神佐兵衛が残した遺言は、実の娘3人には相続させず、恩人の孫娘、珠世に全財産を遺贈するというもの。ただ、珠世は佐兵衛の3人の孫の誰かと結婚しないと権利を失う条件付きです。

 珠世が誰を結婚相手に選ぶかをめぐり殺人が起きるのですが、現実的にはこんな遺言、アリですか?

 「条件付き遺言自体は普通です。妻の老後の世話を条件に、長男だけに自宅を相続させる、とか」と教えてくれたのは、ミステリー好きの司法書士、近藤慎さん(45)。勤め先の大久保事務所(埼玉県草加市)は相続を重点的に扱っています。

 「ただ、この場合は有効性が微妙ですね」。本人の自由であるべき結婚を財産で縛るのは、民法が禁じる公序良俗に反する行為になりかねません。ただ、遺言は財産を諦めて結婚を断る権利までは否定していませんので、選択の自由を保障していると言えるかも。「現実的な決着には裁判が必要でしょう」

 「遺言が相続の全てでないと知っていれば、殺人は防げたかも」とも言います。凶行の一因は、相続を拒絶された実子3姉妹の怒り。でも姉妹には実は「遺留分」という最低限の遺産を受け取る権利があります。佐兵衛は妻がおらず、姉妹の法定相続分は全財産の3分の1ずつ。子の遺留分は法定相続分の半分なので、姉妹には最低でも全財産の6分の1ずつ受け取る権利があるのです。

 遺言は他にも「?」な記述があります。珠世が死亡するなどした時、佐兵衛の会社を孫の一人、佐清(すけきよ)に継がせる一方、財産は孫息子3人らで分ける取り決めです。株式会社なら役員を選ぶのは株主ですし、社長は役員会が選びます。佐兵衛が生前、全株を持っていたにしても、社長選出を委ねられるのは佐兵衛ではなく、その株を相続した孫らの総意です。

 でも「遺言に信託制度を組み合わせれば、実はこれも可能なんです」と近藤さん。社の全株を佐清に委託する信託を遺言に記すと、佐清は株の権利を使って社長になれます。加えて利益を他の孫らに分配することを信託の条件に入れておけば、目的達成です。

 また遺言によって、死後に新たに子を認知することも出来ます。佐兵衛は遺言で愛人の子への相続も図るのですが、「これも遺言で認知する旨を書いておけばもっとスムーズだったかも」と近藤さんは話します。

 犬神家の遺言がすべて有効かは疑問ですが、遺言はかなり融通の利く制度と言えそうです。もめそうな内容の場合は、その理由を相続人に説明する「付言事項」も記せます。法的拘束力はありませんが「亡くなった人にそこまで言われては」と遺族が納得するケースも多いとか。

 「佐兵衛も丁寧に付言事項で説明していれば……って、それじゃ小説が面白くないですね」と近藤さんは語りました。(長野剛)

朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声

●葬儀も遺言もいらない

 私は一人娘で父親しか残っていませんが、父からは「死ぬ人間に金をかける必要はない、葬儀もいらないから火葬場で俺(父)を思ってお前(私)が骨を拾ってくれるだけで十分」と常々言われています。私は結婚していますが子どもはいません(事情があり作る予定もなし)。私が先に死ぬか夫が先に死ぬか分かりませんが、残される方には父と同じ考えで葬儀はいらないと思っています。相続や遺言に関しては、父の死後相続人は一人娘なので自分だけだし、夫が先に死んだとしても相続人は私だけなので、何も遺言などなくても困ることはなさそうですが、私が夫より先に死んだら動物愛護の信頼できる団体に寄付をしてもらいたいと伝えています。(埼玉県・30代女性)

●「遺留分」は妥当な権利か

 遺留分は、本当に、すべての場合において、法が認めるべき妥当な権利なのだろうか。故人と何十年も疎遠だった人間が、故人の死後になっていきなり、遺留分を請求するというような事例は、法が遺留分を認める趣旨に合致するとは自分はとても思えない。有効な遺言書があったら、それがすべて、ということで遺産分割を簡単に解決する方がよいと思う。(神奈川県・50代男性)

●自分で判断できなくなる

 あとをつぐ子供がおらず、いろいろ悩みます。きっと最後に残るので、早いうちに、不動産などの処分をしないといけない。でも、だんだんと、自分でできなくなってくる。さらに、その判断すらできなくなってくるのが、怖い。(千葉県・50代女性)

●遺言、親にどう頼めば

 私の両親の兄弟間で親の遺産を巡っていざこざがあり、いやな思いをしました。きちんと祖母や祖父が遺言を残していれば、いざこざは回避出来たかと思います。親に対して遺言があれば残してもらうよう、どう親に対してお願いしたらいいかも教えて欲しいです。また私は3人兄弟の長男で、弟や妹がいます。私は遺産をもらうつもりはなく、全て弟と妹に譲るつもりですが、両親がなくなったら、その時はただ口頭でその旨を弟と妹に話そうと思いますが、兄弟間の合意が形成できていれば、それでいいのでしょうか?それとも兄弟とはいえ、やはり法的な裏付けをもとに書類を作成した方がいいのでしょうか?紙面で教えていただければ。(大阪府・40代男性)

●叔母の遺言でただ疲労感

 独身であった叔母の遺言書に振り回された。早くに遺言書を作ったため身内の世話になるとは思っていなかったようで身内には全く残さず。世話した身にはただ疲労感が残った。(東京都・70代女性)

●葬儀や戒名の希望も遺言で

 財産以外も葬儀のことなども遺言が必要だと思います。87歳の母は葬儀は簡素にしてほしいと私と姉に言っています。父の葬儀で戒名を院居士にしたため350万かかりました。母の時から私たちも信士・信女にすると決めました。親戚から言われても故人の遺志とするためには文書で残しておくのも必要と思いました。(神奈川県・50代男性)

●実家処分するタイミングは

 一人っ子で独り身です。両親は母方の実家で祖母と同居中ですが、どのタイミングで実家を処分するかは、今から考えておくべきかと思っています。いわゆる、負動産になるまえに手放さないと、どうにもならなくなりそうで不安です。(神奈川県・40代女性)

●配偶者のため遺言を相談

 DINKSのため、どちらかが死亡するということは親が生きていればそちらにも遺産分割されてしまう。できれば配偶者に全て渡るようにしたいと考えているため、弁護士に遺言状作成の相談をしようと考え始めた。(千葉県・30代その他)

●無意味な争いしたくない

 子供がいないため夫に公正証書で遺言書を作成してもらった。夫の両親には遺留分を速やかに渡した後、姻族関係終了届を提出するつもり。フリーターのシニアの兄弟の金銭的な世話をするよう言われているし、自分の母親相手に裁判で相続争いしたしゅうとめと、何十年も無意味な争いで疲弊したくないから。子供いない夫婦は公正証書遺言を残すべきだともっと周知されることを望む。(福岡県・50代女性)

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 第1回(先週)の記事を自分のフェイスブックで紹介したところ、社OBの先輩から「相続人の苦労が絶えない状況は、ITとマイナンバー活用で改善できるはず」とのコメントが届きました。先輩も相続では遺産の把握に苦労したそうです。

 その記事でも触れましたが、死後しばらくして故人の借金が分かり、その時にはもう相続放棄できない、ということもあり得ます。故人の資産の把握は「もらう」ためだけでなく、身を守る上でも重要です。

 最近は暗号資産(仮想通貨)の普及もあり、資産の把握はさらに困難になったとされます。でも技術を駆使すれば、誰もが簡単にその作業ができる世の中にならないか。個人情報取り扱いの課題はありますが、社会として取り組めないかと思いました。(長野剛)

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