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 鯨肉などの販売を目的とした「商業捕鯨」が1日、国内で31年ぶりに再開した。日本が前日に国際捕鯨委員会(IWC)を脱退したことに伴い、沖合で操業する船団が山口県下関市から、沿岸で操業する船団は北海道釧路市からそれぞれ出発。待ち望んだ再開に期待を寄せる声が上がる一方で、「商業として成り立つのか」との不安も交錯する中での船出となった。

 山口・下関港では、母船「日新丸」が沖合へと出発した。船団3隻の船員約100人が出席した出港式で、吉川貴盛農林水産相は「本日からは加工や流通を含めたオール捕鯨産業で頑張ってほしい。多くの国民にクジラを食べてもらい、捕鯨産業が永続するよう願っている」とあいさつし、出港を見送った。

 日新丸船団総括責任者の恒川雅臣さんは「日本の排他的経済水域という限定された海域での船出となるが、今後は捕獲鯨種の拡充、操業海域の拡大を目指し、捕鯨業の発展に努めていく」と話した。

 下関市内の鯨料理専門店「下関くじら館」の小島純子店長は「再開を待ち望んでいた」と歓迎する。「食料自給率の低い日本にとって、鯨は持続可能な海洋資源」。前田晋太郎市長も「下関の歴史において節目になる」と喜んだ。

 下関市は江戸時代から鯨の流通拠点で、戦前は大洋捕鯨(現マルハニチロ)が本社を置いて捕鯨船団を構えた。鯨肉は戦後の食糧難の時代に栄養源として重宝され、関連の加工業や飲食店で街はにぎわったという。

 だが、反捕鯨の国際世論にもさらされ、商業捕鯨が1988年に中断されると活気は失われた。日本は商業目的ではなく「調査」の名目で捕鯨を続け、下関は南極海などでの調査捕鯨の拠点となったが、産業としては先細りとなっていた。

 希望がかなった商業捕鯨の再開だが、歓迎ムードばかりではない。かつて調査団長として調査捕鯨に加わった「下関鯨類研究室」の石川創さん(59)は「本気で鯨食文化を維持したいかどうか、日本人全体が問われている」と話す。

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