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 春夏の甲子園で優勝経験のある古豪の高知高校(高知市)に、「指導歴」が3年目になる部員がいる。3年のマネジャー平田理樹君(18)はコーチとしての顔がある。

 「軸足で長く立つ練習が必要やない?」

 高知大会を目前に控えた7月上旬、高知市の高知高グラウンド。打撃練習に励んでいた選手に、ノックバットを片手に持った平田君が声をかけていた。昨秋に就任した浜口佳久監督(44)の下で、選手の動きに目を配り、的確な助言を与える役割だ。

 高知中学時代は投手だった。球速は130キロを超え、3年で背番号「1」も託された。高知中は全国大会の常連だが、平田君の中学最後の年は全国へ行けなかった。高校で野球を続けるか、悩んだ。強豪校の高知高では、レギュラーになれる自信がなかった。

 選んだのは、コーチの道だ。当時、浜口監督は高知中野球部を率いており、平田君も指導を受けた恩師だった。進路の決め手になったのは浜口監督の指導方法だった。走攻守を理論的に考えようとする姿に強い関心があった。

 ガンガン打ちまくることをめざしても勝てない。そう考えた浜口監督は選手の能力だけに頼らない、緻密(ちみつ)な野球を理想とした。いかに進塁し得点を奪うか。浜口監督が高知中の学生コーチを探していると聞き、自ら志願した。

 浜口監督は特に走塁を重視し、ルールも決めた。例えば、一塁走者のリード幅は牽制(けんせい)球が速い右投手は3・5メートル、左投手なら4メートルが目安だ。打席から二塁、一塁から三塁など塁をまたぐ走塁では、ロスなく曲がることができる走路の角度を計算した。練習などでは塁間に線を引き、距離感覚を体に覚え込ませた。平田君は、試合や練習で「浜口理論」を実践する選手の動きを確認し、修正や調整を支えている。

 平田君が高校2年だった昨年、高知中は全日本少年春季軟式野球大会と夏の全国中学軟式野球大会を制し、全国一に輝いた。浜口監督は高知中から高知高野球部へと指導者の舞台を移した。平田君も同時期に高知中のコーチをやめた。

 「もっと野球の指導法を学びたい」。学校の休日を使って、仙台育英(宮城県)の系列校の秀光中等教育学校やさいたま市立大谷口中など強豪校の指導者を訪ね、教えを請うた。

 今年の年明け、「もう一度現場で野球に関わりたい」と浜口監督を訪ねた。「部に来ないか」と誘われ、2月に野球部に参加した。

 高知高には中学時代の同級生も多い。自分を「コーチ」として受け入れてくれるか、不安だった。だが高知中出身で主軸の公文幸汰君(3年)は「監督に話せないことも気軽に相談できる。昔から自分のことをよく知っていて、自分では気づかないアドバイスをくれる」と歓迎だ。

 浜口監督は「野球をよく知っているから、客観的な視点でプレーを評価できる」と評価する。捕手の平尾暁大君(同)は平田君に配球について意見を聞く。

 高知高はこの9年間、夏の甲子園から遠ざかっている。平田君は迎え入れてくれたチームのために、自分の力を捧げるつもりだ。

 「声かけ一つでも選手のプレーが変わる可能性がある。選手が不安なく試合に臨むために、できることは全部やりたい」(加藤秀彬)