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 島根県津和野町の津和野高校野球部が1月から、「津和野高校野球部通信」の発行を始めた。副題は「ありがとう~一球同志~」。支えてくれる人たちへの感謝の思いを込めた。A4判2枚で、発行は月1回。数十部を印刷して津和野町内の中学校やお店、保護者に配布するほか、津和野高校のホームページでも見ることができる。

 甲子園優勝のチーム目標を決めたことや、昨年12月から始めた地元の朝のゴミ拾い活動の様子、春季西部地区大会の結果など、その時々の部の活動状況を幅広く発信する。写真や表もたくさん織り交ぜ、魅力的な紙面になっている。

 制作を担うのは、マネジャーの松尾巧樹君(3年)だ。「野球に詳しくない人にも野球部に興味を持ってもらえるような内容を目指しています」と語る。

 部員も通うお好み焼き屋「なにわ」の店内にも、野球部通信が貼られている。店主の中谷悦二さん(69)は「地域の人は皆、野球部を応援している。選手たちの活動の様子が分かるのはありがたい。お店に来るお客さんも喜んで見ているよ」と笑顔を見せる。

 主将の上田七生君(3年)も「近所で『野球部通信見たよ。頑張っているね』と声をかけられることもあります」といい、地元の評判は上々だ。

 野球部は昨年10月、五つの委員会を立ち上げた。練習メニューを考える「野球向上委員会」、寮生活を管理する「寮生活向上委員会」など。選手23人とマネジャー3人の部員計26人はみな、いずれかの委員会に所属。野球部通信の制作は、地域のゴミ拾いや小学校に入る前の子どもたちを対象にした野球教室の企画など、地域に根ざした活動をする委員会の一つ「津和野藩」の活動の一環だ。松尾君が5人を束ねる。

 五つの委員会発足の経緯について桑原健二監督(49)は「秋の県大会で初戦負けしたことをきっかけに、選手たちに自分で考えて行動する意識を持ってもらうことが必要だと思ったから」と話す。

 そこで、松尾君は思った。「応援してくれる地域の人たちへの感謝を込めて、部の活動を伝えたい」。同時に、これから野球を目指す子どもたちへの大きな期待も込めている。

 長年地域に愛されてきた野球部。後援会長の松村建夫さん(69)によると、1990年に津和野が夏の甲子園に出場した際には、1億円以上の寄付が集まったという。もう一度甲子園に行く。それは地域の願いだ。松村さんは「高齢化や子供の減少は進んでいるけど、野球部が活躍すれば、地域は元気になる」と言い、野球部通信も毎号楽しみにしている。

 しかし、津和野町は周囲の自治体と同様、人口減少や若者の流出が進む。津和野高校の生徒数は90年度の532人から、今年度は182人まで減少。全国各地から生徒を募集しているが減少は止まらない。野球人口も減少していて、今年の1年生の選手は1人しかいない。

 地元の中学校出身の松尾君も、野球をする子供たちが減っていると肌で感じる。野球部通信を読んだ地域の子供たちが「津和野高校で野球をしたい」と興味を持ってくれることを願う。子ども野球教室にもそんな思いがこもる。3月に開催した野球教室の様子は「津和野に感動を、未来へバトンパス」の見出しで、4月に掲載した。

 松尾君は小学6年で野球を始め、高校でも最初は選手だった。しかしレベルの高さについていけず、何度も野球をやめようと思った。そんな中、桑原監督から「選手だけで野球をやるわけじゃない。野球部を支える形はいろいろある」と言葉をかけられ、新チームが発足した2年の秋にマネジャーに転向した。

 毎号、制作に約3週間かかる。マネジャーの仕事との並行作業は大変だが、やりがいがあるという。「8月号は『甲子園出場』の記事を書きたいな」と笑顔を見せる。(浪間新太)