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 香川大会で5度目の甲子園出場をめざす三本松が15日、初戦に臨んだ。選手たちには甲子園球場で再会したい女性がいた。

 兵庫県伊丹市に住む、学校と同じ名前の三本松香さん(53)。10年前、中学生だった長男の大貴(ひろき)君(当時14)を脳腫瘍(しゅよう)で亡くした。

 大貴君は小学生で少年野球チームに入り、家では野球のテレビゲームに熱中した。ゲームの選手には「三本松」と名前をつけた。「バッターは三本松」「打ちました!」。居間にゲームの実況が響いていた。

 テレビから同じアナウンスが聞こえてきたのは2017年8月。第99回の選手権大会。「三本松の攻撃は……」。甲子園に三本松が出ていた。笑顔を絶やさず、強豪相手にヒットを連発する選手たちがいた。

 一人ひとりが大貴君に見えた。「僕もがんばってるから、お母さんもがんばって」。エールが聞こえてくるように感じ、テレビの前で涙が止まらなかった。チームは8強まで進んだ。

 大会後、夫の克史さん(53)とともに、香川県東かがわ市にある学校を訪ねた。約束はなかったが、日下広太監督(35)に「力をもらえた。野球部のみなさんに感謝しています」と伝え、大貴君がお年玉からためた5万円を寄付した。監督からはユニホームをもらった。

 チームは、寄付金を自分たちのために使うわけにはいかないと考えた。「強く、勇ましく 三本松大貴」と刺繡(ししゅう)が入ったえんじ色のグラブを買った。練習を見守ってもらおうと、グラウンドが見える部の管理室に置いた。兵庫県西宮市にある甲子園に行ったら、隣の市に住む三本松さんにグラブを渡す――。いつしか目標になった。

 昨秋、三本松さんが再訪したときにグラブを見せ、「甲子園に行きます」と誓った。主将の上杉綸聖(りんせい)君(3年)は「甲子園練習でグラブを使い、土をいっぱいつけて渡したい」。

 15日の試合で、チームは大貴君のグラブを球場に持参。ベンチの棚に置いた。日下監督は試合前、「大貴君が見守ってくれている。思い切っていけ」と選手たちに言った。

 九回まで1―1。最後に勝ち越され、1点差で敗れた。上杉君は「三本松さんに申し訳ない。後輩たちは勝って甲子園に行ってほしい」と涙した。

 ネットの速報で経過を追った三本松さんは「悔しいけど、応援できるチームがあることが幸せ。ありがとうと言いたいです」。チームは、次に甲子園に出るまで、グラブに見守ってもらう。(木下広大)