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 オリックスの新人で、今季開幕戦に5番三塁で出場した頓宮(とんぐう)裕真選手(22)。高校時代は岡山理大付の4番捕手として、2014年夏の岡山大会に挑み、決勝まで進んだ。甲子園まであと一歩に迫った経験をふまえ、球児たちへのメッセージを聞いた。

 第96回の岡山大会。準決勝の倉敷商戦は、2点を追う九回表に一挙5得点。7―4で逆転勝ちし、岡山理大付は決勝へ。3年ぶりの夏の甲子園を目指した関西と相まみえた。

 準決勝の勢いでいくぞ、って感じで決勝に臨みました。1―1の二回、2死走者無しから味方が四死球を選ぶなどして、満塁のチャンスに打席がまわって来た。みんながつないでくれたから、何とか打ちたかったけど、結果は三振。インコース低めのまっすぐだったかな。バットを振ったけど当たらなかった。スリーボールで際どいコースだったから、見送る選択肢もあったかもしれないけど、あれはストライクだったと思います。

 直後、満塁からの暴投、適時打などで3失点。その後も失点を重ね、五回までに9点を失い、4―9で敗れた。7年ぶりの甲子園には届かなかった。

 「最後まであきらめるな」って、みんな言っていました。僕自身は八回にヒットを打ったけど、得点にはつながらなかった。やっぱり、あの三振が大きかったと思います。

 試合が終わって「ああ、これで高校野球がほんまに終わるのかな」って。実感はあまりなかったですね。大事な場面で三振してしまったけど、後悔も正直、無かったんです。チームメートも「やりきった」という感じで。「プロを目指す」って、すぐに切り替えていました。

 備前市出身。小学1年で野球を始めたときから、プロを目指した。

 ずっとキャッチャーでした。岡山理大付へ進んだのは「甲子園に出られたらいいな」と。練習はきつい時もありました。山の中をいく「山ラン」とか。でもそのほかは、自分で考えてやる練習の方が多かった。何が足りないとか、きちんと自分で分析しないと、時間が無駄になる。この経験はその後も生きていると感じます。

 早川宜広監督のミーティングを聞けたのもよい経験でした。野球のことはあまり話さず、小説の話や、社会に出て困らないためにどうするか、みたいな話。真剣に聞いていました。高校生の時、久しぶりに中学の先生に会って「変わったな」と言われたんです。「優しくなった」って。中学の時は全部適当って感じで好き勝手やってたんですけど、知らないうちに自分自身が変わっていたみたい。人生を変えた3年だと思います。

 亜細亜大では大学日本代表の4番に。プロになる夢もかなえた。

 忙しかったけど、母校のことは気になって「どこまで勝ち進んだかな」とか携帯で見ていました。野球の仲間とは今でも付き合っています。小学校から大学まで、全部の仲間と。とりわけ高校の仲間はみんな面白いやつばっかり。プロの試合も応援に来てくれて。いいところを見せたい。

 101回目の夏。球児に送るメッセージは――。

 相手が強くてもびびらず、弱くてもなめてかからないようにやってほしい。でも本当は強いか弱いかなんて、やってみないと分からないですよ。勝った方が強いんです。「自分たちの力を全部出す」。余計なことを考えずに、そんな気持ちでやってほしい。(聞き手・構成 華野優気)

     ◇

〈とんぐう・ゆうま〉 1996年生まれ。身長181センチ、体重98キロ。右投げ右打ち。岡山理大付から亜細亜大に進み、大学日本代表で4番をつとめた。ドラフト2位でオリックス入団。大学と球団の先輩であるパンチ佐藤さんにあやかったパンチパーマでの入寮が話題となった。