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 福岡、大分両県で死者・行方不明者が42人にのぼった九州北部豪雨は5日、発生から2年を迎え、大きな被害を受けた福岡県朝倉市で追悼式があった。参列者たちは犠牲者を悼むとともに、早期避難の大切さを口々に訴えていた。

 九州北部豪雨では、福岡県朝倉市、同県東峰村、大分県日田市で災害関連死をふくめて40人が亡くなり、朝倉市で2人が行方不明になっている。

 追悼式では、地域の住民らで作る「松末(ますえ)地域コミュニティ協議会」の会長をつとめる伊藤睦人さん(74)が、追悼の言葉を述べた。「あの日」を思い出しつつ、愛着の深いふるさとの復興に取り組んできた2年間を振り返った。

 一昨年の7月5日は昼前から雨が降り始め、道路や橋が冠水。協議会の事務所から帰れなくなり、夕方、近くの松末小学校3階に住民や協議会の職員と避難し、児童らと一夜を明かした。

 雷が鳴る中、校舎の横を流れる川には濁流が渦巻き、家屋や車が流されていた。「家族3人で自宅の2階にいるが、1階の家具が流れだした。どうにかして」と協議会の職員に助けを求める住民から電話も入った。

 「しかし、どうすることもできず、本部(市役所)にヘリの要請を続けるほか、なすすべはありませんでした。多くの地域の方々がそれぞれの地で恐怖と不安の中、我が命の最後かと思いながら夜が明けるのを待ちました」

 翌日、地元を歩くと、そこらじゅうに土砂や流木、石が堆積(たいせき)していた。

 「眼前に見える光景は、この世の状況とは思えぬ理解しがたい我が目を疑うばかりの様相で、あふれ出る涙と体の震えをとめることはできませんでした」

 地元の農家に生まれ、中学教員に。51歳で退職し農家を継いだ。幼い頃は川で魚を突き、野鳥を捕まえて遊んだ。ふるさとに深い愛着がある。

 それだけに、豪雨後は、災害で発生した土砂を使った田んぼで米の作付けをしたり、避難訓練をしたりと復興に懸命に取り組んできた。被災した自宅の片付けなどは後回しだった。ただ、復興はまだ道半ばだ。

 「一日も早く自然豊かな松末を…

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