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 4月中旬の瑞浪高校(岐阜県瑞浪市)。練習する野球部の様子を、1人の1年生が遠巻きに見つめていた。この日は、部活見学の日。でも、グラウンドには入らず、その女子生徒は、ただ外野のネット越しに眺めるだけだった。

 伊藤颯良(さら)さんの心は揺れていた。グラウンドで練習する9人に女子選手の姿はない。「きっと入れないよね…」。野球を続けるべきか迷った。

 小学校ではソフトボール、中学では軟式野球に打ち込んだ。そばにはいつも、大好きなチームメートたちがいた。だが、高校は離ればなれに。野球を続けていく自信がなかった。

 加えて高校は硬式。「当たったらどうしよう。怖い」。そんな不安もあった。誰も知らない高校に入学し、引っ込み思案な性格も知った。幼い頃からの仲間に囲まれていた中学までと違い、新しい仲間に溶け込む難しさを感じていた。

     ◇

 「キャッチボールからやってみんか」

 2度目の見学の日、またグラウンドの外から眺めていると、中村隼(しゅん)監督(25)から声をかけられた。緊張しながらグラウンドに入る。次の見学日には、キャッチボールに参加した。

 スパーン。グラブにボールがおさまる小気味よい音と一緒に、手のひらに懐かしい感触が伝わった。引退後、半年ぶりのキャッチボール。中村監督とボールを交わすうち、練習に没頭した日々がよみがえった。

 野球部に入る――。決めたのは入部届提出の締め切り日。「男子ばかりの中で大丈夫かな」「勉強と両立できるかな」。当日の夕方まで悩んだが、最後は素直な気持ちが背中を押した。

 「やっぱり、もう一度野球がやりたい」

 入部するにあたり「マネジャーと選手の両立」を提案した。平日2日間と週末の練習は、マネジャー業務を行う。選手に専念するには、まだ勇気がいった。

 5月、中学時代に着ていた真っ白なユニホームでグラウンドに立った。キャッチボールにノック、打撃練習……。13人の男子部員と同じ練習をこなした。気づくと毎日、ユニホームでグラウンドに向かっていた。マネジャー業務は空き時間にこなし、再び、野球に没頭する日々が始まった。

 最初は遠慮していた朝練にも、今は毎日欠かさず参加する。「どうせやるなら真剣に取り組みたい」。6月下旬の練習試合では高校初安打も記録した。

 「女子だから野球ができないとか、特別とか、そんなことはないんだな」。気づくと、そんな風に思えるようになっていた。

 男子部員も積極的に声をかけてくれる。ミスをすると下を向いてしまう癖があるが、そんな時はいつも「次、次!ドンマイ!」と励まされた。

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 「部員が少ない分、一人でも多くの選手に入部して欲しい。そこに性別の壁はないと思います」。練習に誘い、入部を勧めた中村監督は語る。

 「一生懸命やっています。先輩も同級生も、特別扱いはせず、一緒に練習に取り組んでいる。『やればできる』ということを実感してもらいたいです」

 苦手だった声だしも、練習や試合を通して少しずつ出来るようになってきた。夏の大会には出場できないが、全力で選手を応援し、支えたい。ただ「公式戦にも出たかったな」という思いも少し残る。

 目下の目標は「もっとうまくなって、みんなと恥ずかしがらずに話すこと」

 ひたむきに白球を追いかける球児の姿に、今、男女の壁はない。(松山紫乃)