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 戦時中に強制連行され、長崎市の浦上刑務支所で原爆の犠牲になった中国人の追悼式が7日、かつて支所のあった平和公園の追悼碑前で開かれた。強制連行の損害賠償を求めた裁判の支援者や被爆者ら約50人が献花し、原爆が投下された午前11時2分に黙禱(もくとう)した。

 碑の維持管理委員会によると、長崎県内にあった炭鉱では戦時中、高島に205人、端島に204人、崎戸に436人、鹿町に197人が強制連行され、計115人が亡くなった。このうち32人が浦上刑務支所に拘留されて被爆死したという。

 委員会の共同代表、崎山昇さんは「碑は、日本の市民が戦争を自らの問題として反省し、おわびの証しとして建立した。不戦の碑、未解決のままの戦争責任の追及を願う碑でもある。碑の意義について改めて確認したい」とあいさつした。

 碑は2008年、本島等・元長崎市長ら強制連行裁判の支援者が中心となって建立。追悼式は毎年、日中戦争の発端となった盧溝橋事件(1937年)の起きた7月7日に近い日曜日に開かれている。(佐々木亮)