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 強打で昨夏の甲子園を沸かせた高知商業高校(高知市)の主将だった山中大河さん(19)が、今春進学した高知工科大学で硬式野球部の学生コーチを務めている。生まれつき右手の指が2本しかない障害を抱えながら甲子園の夢をかなえた。「誰でもチャンスはある」。自身の経験を伝えるため、将来は野球の指導者になるつもりだ。

 高知県香美市の大学グラウンドで、山中さんが2本の指で球を浮かし、先輩たちにノックしていた。終了後、グラウンドに整列した選手の声が響いた。「大河ありがとう」

 小学1年で野球を始めた。右手では投げられない。左手で捕球してグラブを右脇に抱え、また左手で投げる方法を必死で身につけた。中学時代は一塁手として活躍し、県の選抜メンバーにも選ばれた。

 高校は強豪の高知商に入学した。だが打球が思うように飛ばず、試合には出られない。練習に身が入らず、自主練習も減った。「この手のせいや」。思わず愚痴がこぼれた。

 2年になった4月、梶原大輔部長(42)が就任した。梶原部長はチームに溶け込もうと率先して選手に声をかけ、練習の雰囲気をがらりと変えた。「こうやって変える方法もあるんだな」。感心した山中さんは積極的に声を出し始め、自主練習にも励んだ。信頼を勝ち取り、新チームでは主将と三塁コーチを任されるまでになった。

 甲子園の経験は、大学で学生コーチを選ぶ決め手となった。高知商は甲子園で2勝した。聞いたこともない大歓声の中で歌う校歌は、言葉に表せないほどしびれた。「母校の後輩にも、この体験をさせてあげたい」。大学では教員免許の取得をめざし、勉強にも精を出す。

 高知工科大では学生コーチとして登録され、ノッカーやトレーナーの役割を果たす。最大の仕事は得意の三塁コーチだ。入部直後の春季四国六大学野球リーグでは、勝ち点をかけた香川大との3戦目で早速手腕を発揮した。

 両大学とも無得点で迎えた七回裏2死一、二塁。浅めの左前安打で、迷わず腕を回した。走者の走力と試合前のノックで確認した外野手の肩の強さから、「いける」と判断した。高知商時代に何度も練習した経験が生きた。判定はセーフ。高知工科大はこの1点を守り切った。その後も快進撃を続け、春季リーグで初優勝した。全日本大学野球選手権大会への出場も決めた。

 主将の国分祐希さん(21)は「三塁コーチは想像以上に重要。1年生ならためらいそうな場面だったが、素晴らしい判断をしてくれた」と褒める。

 指導者を志す山中さんには忘れられない瞬間がある。高知商時代の昨年10月、近江高校(滋賀)と対戦した国体の1回戦。山中さんは八回裏、代打で指名された。高校で初めての公式戦の打席だ。結果は左飛だったが、名前をコールされて凡退するまでの間、三度にわたり観客が山中さんに大きな拍手を送った。

 試合後、梶原部長から「あの拍手は、弱みを強みに変えた証しだな」と言葉をかけられた。野球を続けて良かったと心から思った。

 山中さんは7月13日開幕の高知大会に向けて球児に伝えたいことがある。「人より劣っていても、他のことで挽回(ばんかい)すれば良い。あきらめずに自分が生きる場所で頑張れば、誰かが見ていてくれる」(加藤秀彬)