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 「船長がいなかったら今の私はいない。直接お礼を言いたい」。東京でベトナム料理店を営む南雅和さん(50)が13日に沖縄を訪れ36年ぶりに命の恩人との再会を果たす。相手は沖縄水産高校の実習船で船長を務めた宮城元勝さん(75)=那覇市。南さんは1983年8月8日、同校の実習船「翔南丸」に救助されたベトナム難民の一人。沖縄の恩人にこれまでどう生きてきたかを報告するつもりだ。(デジタル部・宮城栄作)

 当時14歳だった南さんら一行がサイゴン(現ホーチミン)郊外の川辺から出国したのは83年8月4日。全長13・2メートル、幅3・7メートルの小さな木造動力船には、乳児から50代まで男女105人がひしめき合っていた。

 ベトナムでは戦争が終結し社会主義体制に変わってから、新体制になじめない人たちが大量に難民となり外国を目指した。当時「ボートピープル」と呼ばれ、漂流中の死亡や受け入れ先などを巡り社会問題となっていた。南さんもその一人。旧南ベトナム政府の役人だった父親が75年のサイゴン陥落時に新体制側に逮捕され、家族は離散していた。「将来に希望が持てない」と出国を決意した。

 ぎゅうぎゅう詰めの木造船は、…

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