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 平成から令和へ移り、初の参議院選挙が21日に投開票される。今、一票に何を託すのか。様々な課題の現場を記者たちが訪ねました。

 東京電力福島第一原発事故による避難指示が解除されて間もない、2017年6月末。板倉正雄さん(90)は妻の光子さん(87)と福島県富岡町に戻った。「故郷で最期を迎える」と決断した。

 それから2年。

 認知症を患う光子さんと、通所介護の力を借りながら穏やかに暮らす。

 ただ、厳しい現実も目の当たりにしている。スーパーや診療所ができ、小中学校も再開したが、町の登録人口1万3千人に対し、実際に町内に住む人は千人にとどまる。

 「戻りたい」と思っている町民はもう帰ってきて、これ以上はたいして増えないのではないかと感じている。「時間が経てばもっと人が増えると思っていたけれど……。話をする相手もいない」。正雄さんは窓の外を見つめた。環境省によると富岡町の建物はすでに3千軒近く、解体が終わった。

 正雄さんの日課は散歩。日々更地が広がる住宅街ですれ違うのは解体業者の車ばかり。「どう進んでいるのか分からない」と復興の実感はない。

 だが、6年以上離れていた故郷での暮らしに悔いは無い。「好きで、自分の責任で戻ってきた。足るを知る」と不満は口にしない。

 だから、片付け中に久々に見つけた仮設暮らし中につづった詩のことは忘れかけていた。

 

ふるさと慕情

「安積永盛」貨物の駅に

 沿うて連なる仮設の宿で

夜毎みる夢ふるさとの

 桜並木か つつじの駅か

子安観音お堂の浜に

 寄せる波音 子守歌

重い響きにふと目を覚まし

 耳をすませば夜行の電車

想えばここは仮の宿

 枕ぬらして夜明け待つ

 

 詩は当時の仮設仲間に評判で書き写した物をプレゼントしたこともあった。

 「復興は物でなく、心が落ち着いて生活できること。国も役場も精いっぱいやってくれてはいるはず。ただ、住む場所が避難先であれ自宅であれ『ここにいて良かったんだ』と思えるようにして欲しい」(福留庸友)