[PR]

 大分大会は5日目の11日、別大興産スタジアムで1回戦3試合があった。大分上野丘は楊志館に、臼杵は大分東にそれぞれコールド勝ち。日田林工は別府鶴見丘を接戦の末に振り切った。12日は、順延された第1シード大分と杵築の対戦など2回戦4試合がある。

捕手転向 チーム引っ張った 楊志館・佐藤冠太選手

 振り出しに戻したと思ったのもつかの間だった。五回裏、楊志館の捕手佐藤冠太君(3年)の目の前を、走者が次々と駆け抜けていった。二番手で登板したエース広津創太君(同)のリズムが、失策を機に乱れ始め連打を浴びた。

 懸命に声をかけたが、制球は定まらない。さらに走者をためたところで三塁打。「追い込まれ、球が甘く入ってきた」。スコアボードに、この回7点目が刻まれた。継投した2投手を懸命にリードして流れを断ち切ったが、巻き返すには点差が大きすぎた。

 元々は遊撃手。正捕手が4月下旬に骨折し、代役として起用された。一度も経験のないポジション。戸惑うより先に自分ができることを考え、「ピッチャーが投げやすい捕手になる」と決めた。

 最大の目標は「ショートバウンドを必ず止める」。ブルペンにピッチングマシンを持ち込み、連日ショートバウンドを捕り続けた。投手を不安にさせまいと、投球練習でも後逸しないよう必死になった。この日は上ずった球を1球だけ捕り損ねたが、捕逸はこれだけだった。

 萩原田久生監督は「大変な守備位置変更だったが、練習を積んで各投手の持ち味も引き出してくれた」と感謝する。

 打撃でも1番打者としてチームを引っ張った。一回は内野安打で出塁。四回の2死二、三塁では、適時打でチーム初得点をたたき出した。だが、萩原監督は「勝ち気な性格。安打2本より、あそこ(六回2死三塁)で打てなかったことをずっと気にするんだろうな」と思いやった。

 「チャンスは全部打たないといけないのに、サードゴロ。活躍できる選手になれるよう、大学でまた一からやり直します」。監督の言葉通り悔しさをかみ締め、最後は前を向いた。(寿柳聡)