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 なぜか再び繰り返されるようになった、楼蘭の永遠の一日。でもわたしの心は無邪気な少女ではなく、外の世界で暮らしていた大人のものでした。ウルスはわたしの表情に陰があると見抜き、心配してくれました。

 わたしは、王国を守りたい、もう二度と失いたくないと、より強く願い始めました。

 王宮の中庭でウルスたちと話したり、両親の顔を見たり、親しい少女のアタルやヴァーユと遊んだりしながらも、わたしは神殿に現れたあの謎の男のことが気になっていました。彼がなぜ神の鳥の首のことを知っていたのかはわからないけれど……。一日何度も神殿に足を運んで、男がいないことを確認しました。

 ある日、男が再び神殿に現れました!

 男はまっすぐ祭壇に進み、鳥の首を摑(つか)みました。

 わたしは叫び声を上げました。と、声を聞きつけ、剣仲間ワナントが飛びこんできました。「貴様は誰だ! 我らの王女に何をする!」と剣を振りかぶり、床を蹴って飛び、男の脳天に突き刺そうとしました。

 男は間一髪で避けました。左腕を突き刺されて大声を上げます。腰から筒状をした鉄の武器を取り、剣仲間に向けました。パーン、と高い音が響き、ワナントはどさりと倒れました。

 わたしは駆け寄りました。ワナントの胸に小さな穴があき、絶命していました。男が鳥の首を持って走りだします。わたしも「待ちなさい!」と後を追います。

 そこからは、前とほとんど同じでした。

 男はラクダに乗って逃げていきました。血が点々と落ちています。砂漠は寒々と凍り、砂が夕日に黄色く染まっていました。わたしの背後で、楼蘭王国がまた風に吹かれて消えていきました。

 今度は、わたしはすぐ男を追いました。血の跡をたどって走り、男が滞在した数日後、オアシスや集落に追いつくことを繰り返しました。でも都会に近づくと、男が自動車という鉄の乗り物に乗り換えてしまい、追いつけなくなりました。途方に暮れていたら、町の人があることを教えてくれました。

「あの男は“日本人”だぜ」と。

 わたしはそれまで楼蘭王国と、十四年暮らした成都の町の一角以外のことは、何も知りませんでした。生まれて初めて世界地図なるものを見、自分が今いる場所を知りました。ユーラシア大陸の大きさ、地球が巨大な球体で東に進み続けるといつか西に着くこと……そんな目眩(めまい)がするような魔的な知識を、一気に手に入れました。

 そして、神の鳥の首を奪った男が“日本”という海の向こうの島国からきたことも。

 理由はわかりませんが、このとき外の世界は一九一五年になっていました。前に楼蘭が消えたときとは十年以上先の世界にたどり着いていたのです。

 前回と同じ“世界大戦”がもう始まっていました。しばらくすると、北のロシア帝国でまた“革命”も起きました。指導者のレーニンとスターリンがいる建物に日本軍が砲弾を撃ちこみ、二人が辛くも脱出したという噂(うわさ)も聞きました。おや、前回と少しちがうようだ、とわたしは首をひねりましたが、よくはわかりませんでした。

 わたしはというと、謎の男を追い、町から町へ旅を続けていました。中国の東北地方を三年間さまよいました。

 そしてある朝……。とつぜん草原に吹くような突風が吹き荒れ、路上になぎ倒され、気を失い……。

 再び目を覚ましたときは、また……婚礼前日の楼蘭王国に戻っていたのです……。

 

 

 ウルスや両親、親しい人たち。砂の中から再び現れた死者。わたしは復活した楼蘭で永遠の一日を繰り返しながらも、今度は油断しませんでした。わたしにはわかっていたのです。あの男、正体不明の日本人が、神の鳥の首を狙ってまたやってくることが。

 わたしは毎朝、剣仲間に「神殿近くで不審な男を見かけた」と告げ、兵士に警備させるよう計らいました。そのおかげか、何日も、何日も、何事もなく過ぎていきました。でもある夜。日が暮れて月が光り、もう一日が終わるというとき。一人で笛を吹いていると、あの男が居眠りをする見張りの兵士をまたぎ、神殿に入っていく姿が見えました。

「站住(チャンチュー)(待ちなさい)!」

 と、北京語で叫び、神殿に飛びこみました。男は日本訛(なま)りなのか、聞き取りづらい北京語で「誰(ショイ)(誰だ)? イ尓(人偏に尓)会北京話(ニーホイペイチンホワ)(なぜ北京語を話せる)?」と聞きました。

「まず名を名乗って! わたしは楼蘭王国の王女マリアです。あなたは日本人ね?」

「お、俺は、犬山だ。御神体をもらっていくぞ」

 神の鳥の首を摑み、大股で歩いてきます。「それが何か知ってるの?」「いや。俺は上官からの命令どおり動いているだけだ」「上官って? なぜ何回も楼蘭にくるの?」そう問うと、犬山と名乗った男は怪訝(けげん)な顔でわたしを見下ろし、

「何のことだ? この国にきたのは今日が初めてだぞ」

「噓(うそ)だわ! 三回目よ。一回目はわたしを撃った。二回目は怪我(けが)をし、血を流しながら逃げたわ」

「ハァ……? いいからどけっ!」

 犬山はわたしを突き飛ばし、鳥の首を握って逃げていきました。わたしは叫びながら男を追いました。城門をくぐり、犬山を乗せたラクダの後を走り……。背後でまた風が吹き、楼蘭王国が廃墟(はいきょ)になって……。

 わたしは逃げた犬山の消息を追って旅をしました。でも、相手が日本人で、名を犬山というだけでは、到底みつけることは叶(かな)いませんでした。

 三回目となる外の世界は、一九一六年。またもや“世界大戦”の最中でした。でも奇妙なことが一つありました。

 今度は指導者のレーニンとスターリンがいつまでたっても殺されなかった。そしてロシアに革命政府“ソビエト連邦”ができたのです。

 そう……歴史が毎回変わっているようなのです。

 なぜ?

 相変わらず、わたしには何もわかりませんでした。

 わたしは中国の東北地方をさまよったあげく、長春という町で働き始めました。

 いつかまた草原に吹く強い風が吹き、楼蘭に戻るだろうと思っていたのに、今回はいつまでたってもあの風が吹きません。もう二度と楼蘭に帰ることも、十八歳に戻ることもないのだと、わたしは次第に覚悟しました。

 満州族の男性に見初められ、所帯を持ちました。貧しいながらも、家族が食べていくことはできました。

 長男が生まれ、ウルスと名付けました。長女と次男には、両親の名アナーヒタとザムヤードを。三男には剣仲間の名ワナント、次女には彼の恋人の名ミスラを。三女四女には親しかった友の名アタルとヴァーユを……。わたしは、失った楼蘭王国の民を蘇(よみがえ)らせるように、子供に名をつけ続けました。長い永遠の中で民と親しく話すうち、全員の名を覚えましたから、できれば全部の名をつけたかった。

 そして二十二年の月日が流れ、一九三八年になりました。わたしは四十歳、夫は六十歳。長男のウルスは、弟のウルスとよく似たしっかり者で、いつも家族の支えになってくれました。

 やがてウルスが所帯を持つことになりました。わたしにも近々孫ができるかもしれない、と心おだやかに過ごしていたある朝。

 とつぜん、草原に吹き荒れるような突風が、わたしの体をなぎ倒したのです。

 わたしは床に倒れ、気を失いました。

 そして頭痛と吐き気とともに目を覚ますと……。なつかしい楼蘭王国に戻っていて……十八歳の姿で……。王宮の中庭には十六歳の弟のウルスがいて……。

 時が、時が戻った!

 夢にまで見た故郷、楼蘭に、ついに帰れた!

 でも、でも……それでは……? 外の世界においてきた息子のウルスはどこにいるの? 夫は? アナーヒタとザムヤード、ワナントにミスラ、アタル、ヴァーユ……わたしの家族はどこに? 何も、何も、わかりません……。

 わたしは城門を飛びだしました。家族の無事を確認せねば! 息子の名を叫び、砂漠を走りだしました……。

「ウルス! ウルス! どこ?」

     ◇

〈あらすじ〉マリアの告白は続く。16世紀初頭、楼蘭王国を滅ぼされ婚約者の弟ウルスも殺されたマリアの前に火の鳥が現れ、自分の首を落とせば婚礼前日をやり直せると告げる。弟に会いたいばかりにマリアは、一度だけという約束を破って火の鳥を欺き、楼蘭は同じ日を繰り返すことに。ところが、ある日、見知らぬ男に首を盗まれ、楼蘭は消えた。外では400年近くの時間が流れていた。成都に逃れ十数年後、突然の風にあおられ気を失ったマリアが目覚めると、また18歳の体で楼蘭に戻っていた。