[PR]

(12日、高校野球兵庫大会 姫路工5-2津名)

 一回表、1死二塁。姫路工の水谷哉太(かなた)(3年)は、一学年上の兄から昨夜に電話で言われた通り、「平常心」で打席に入った。4球目の外角の直球をレフト前に打って出塁。相手投手の暴投で進塁後、船曳崇斗(たかと)(同)の二塁打で生還。リードを2点に広げた。

 姫路工で「水谷」という姓は、周囲から期待感をもって語られる。1994年に姫路工が春夏連続で甲子園に出場したときのエースは、父の信哉さん。その長男は昨夏の西兵庫大会の準優勝投手の倖志さん。そして次男の哉太は、捕手としてチームを支えてきた。

 中学時代は兄とバッテリーを組んだ。「尊敬する兄と姫路工でも組みたい」と進学したがかなわず、昨夏の決勝はスタンドから応援。「自分も来年は決勝に行きたい」。そう思った。

 ただ、つらい練習から逃げようとする甘さを自覚していた。思い悩んで父に相談した。父は「兄は努力の人。お前は兄より野球のセンスがある。それを生かすのは、自分次第だ」。心に響いた。

 チームは春の地区大会で敗退し、県大会に出場できなかった。捕手としての責任が背中を押した。「もう絶対に逃げない」。相手打者のスイングを見て、内外野の守備位置を的確に変える。投手に声をかけて引っ張る。名前の一文字「哉」を授けた父の思い、決勝で敗れた兄の悔しさが原動力になった。

 この日は本来の捕手ではなく、けがをした仲間の代わりにレフトを守った。長谷川真一監督(37)は「大事な場面で『ここは集中せないかんぞ』と率先して声を出してくれた」と話す。

 チームは5―2で初戦を飾った。哉太は「大きな力のある選手はいないけど、全員で試合に臨もうとやってきた。みんなで声を出し、勝つことができた」。=敬称略(武田遼、直井政夫、吉田博行)