【動画】13歳の日記 森脇瑤子さんが遺した122日間の日常=上田幸一撮影

戦後74年。戦争体験者が減りゆく中、思いを託された「モノ」の重みはこれから増していく。そんなモノをめぐる、人々の物語。

モノ語る:【1】

 その写真の少女、森脇瑤子(ようこ)さんは、憧れの女学校に入学したその日から、日記を付け始めた。

 「日本の女学生として、恥ずかしくないように日々の生活に心掛け、一生懸命に、がんばろうと思う」

 日記には水玉模様の千代紙を貼った。学校で初めて家事を習った4月11日には、こう記した。「なかなか面白い。大好きだ」

 4月13日には米軍の爆撃機B29を見たとある。「飛行雲を長く美しくひいて、広島の上空を、せん回して去った。ほんとうに、くやしかった」。地上戦が続く沖縄にも思いをはせ、「私と同じ女学生も、敵弾に当たり、桜の花のように、散っていった人があるかも知れない。同胞よ、きっと、きっと、かたきは討ちます」(6月5日)。

8月5日「いつも、こんなだったら」

【動画】戦後74年。思いを託された「モノ」をめぐる、人々の物語=西田堅一、上田幸一撮影

 「戦時」と「日常」が交錯する日記。この2日後には、13歳になった喜びも。6月15日は母親の着物を仕立て直して夏用の制服を作った。「みんなが、同じ形の制服を着て、通学している姿を思い浮かべると、ふと、微笑がわいてきた」

 このころ全国的に空襲が相次ぎ、7月下旬には広島でもたびたび警報が発令。延焼を防ぐため事前に家屋を壊す「建物疎開」にかり出される前日の8月5日には、家族や親戚で食卓を囲むにぎやかな一日を過ごした。日記にはこうある。

 「『いつも、こんなだったらいいなあ』と思う。明日から、家屋疎開の整理だ。一生懸命がんばろうと思う」

 翌日、日記は途絶えた。

 あれから74年。その日記は、いまも兄の手元に保管されていた。

「どんな女性に成長したんだろう」

 全身にリボンの柄をあしらった…

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