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平尾剛の知って楽しむラグビー学

 今秋に日本で開かれるラグビーのワールドカップ(W杯)の最終メンバー入りをかけた日本代表合宿が行われている。選手たちの心境について。1999年W杯日本代表で神戸親和女子大教授の平尾剛さん(44)に語ってもらった。

一生忘れない代表発表

 ラグビーワールドカップ(W杯)開幕まで、あと2カ月ほどとなった。その前哨戦となるパシフィック・ネーションズカップ(PNC)を戦う42人が6月上旬に発表されたが、このメンバーが事実上、本大会の候補選手となる。W杯に出場できるのは31人。選手間での熾烈(しれつ)な生き残り争いが始まった。

 1999年のウェールズ大会前、24歳だった私は代表経験も浅く、W杯に向けた代表候補に選ばれただけで、どこか夢見心地だったのは否めない。親や友達からの期待が後押しとなり、大会が近づくにつれて徐々に実感が湧いてきたというのが正直なところだ。しかし当時は右肩の脱臼癖を抱えていた。メンバー発表前は半ば諦めながらも、わずかな可能性に望みを託す。そんな心境だった。

 当時、代表監督だった平尾誠二氏から直接電話で「オレはお前を選んだ」と告げられたときの、頭が真っ白になるほどの喜びと、責任の重さからくる重圧がないまぜとなった胸のうちは一生忘れない。

 あのW杯に出場できる。電話を切ったあと、部屋でひとり静かに笑みを浮かべつつ、握りしめた拳を突き上げたのは懐かしい思い出だ。

 経験者から言わせてもらえれば、代表に選ばれるには多分に「運」が左右する。突出した競技力を備えた選手であればその限りではないが、まだ成長途上の選手ならば、そのときの調子の良(よ)し悪(あ)し、監督が構想する戦略にプレースタイルが合うか合わないかが選考の分かれ目となる。

 代表を勝ち取った者と無念にも落選した者の悲喜こもごももまた、スポーツ観戦の楽しみだ。前哨戦であるPNCは、チームの勝ち負けのみならず、W杯出場に向けて積極的にアピールする選手個々のパフォーマンスにも注目してみてほしい。ポジションごとに選手同士の生き残り争いを想像しつつ、本大会に出場する31人を予想すればより楽しめるはずだ。

 ひらお・つよし 1975年生まれ。大阪府寝屋川市出身。ラグビー元日本代表。同志社大、神戸製鋼などでFB(フルバック)、WTB(ウイング)としてプレー。神戸親和女子大教授。