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 相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者ら46人が殺傷された事件から、26日で3年。事件後、重度障害者が大規模施設に集まって暮らすことが議論を呼んだ。やまゆり園ではいま、施設か地域か、入所者自身に選んでもらう試みが進む。事件を契機に、地域移行を考え始めた親子もいる。

 やまゆり園の入所者の多くはいま、横浜市港南区にある仮移転先の「芹が谷園舎」で暮らす。

 「きょうは(ファミリーレストランの)ガストに行くよ。なに食べたい?」

 尾野一矢さん(46)に、父親の剛志(たかし)さん(75)が語りかけた。神奈川県座間市の自宅から週1回、妻のチキ子さん(77)と面会に通う。「ハンバーグ」と一矢さん。店内で一矢さんがメニューを見て、「これにする」と注文を決めた。

 「自分の意思を出すことが増えてきたな」。剛志さんは見守りながら言った。

 一矢さんは自閉症と重い知的障害があり、10代のころも施設で暮らした。施設からも「自宅で暮らすのは無理でしょう」と言われ、23歳でやまゆり園に入った。管理が行き届いた大規模施設。剛志さんは、ここが一矢さんの「終(つい)のすみか」だと思い定めた。

 一矢さんのためになるならと家族会長を長く務め、月に3回は園を訪れた。それでも、「何かを考えたり、意思があったりするとは思っていなかった」。

 事件が転機になった。

 神奈川県が園を現地で再建する方針を決めると、障害者団体からは「障害者の生活の場を施設から地域に移す『地域移行』の流れに逆行する」と批判が噴出した。

 「園でしか生活できない人がいることを知って欲しい」。剛志さんは当初、強い反発を覚えたという。

 だが、事件を考える講演会やシンポジウムに参加するうちに、重い障害があっても、介助を受けながらアパートなどで自立して暮らす人がいることを知った。

 実際に自立生活をしている人を訪ねた。重い知的障害がある人が、介助者とともにアパートで暮らし、外出したり家でご飯を食べたりしていた。

 「そういう暮らしもあるのか」

 昨夏から、毎週の面会に、介護福祉士の大坪寧樹(やすき)さん(51)が加わっている。今後は、大坪さんと2人で外出したり、短期間の2人暮らしを経験したりするつもりだ。施設暮らしと、アパートでの生活と、どちらがいいか。両方を経験し、一矢さんが決める。

 「事件があって、一矢の生活も変わった。一矢の選択肢を増やすのが、僕にできることだと思う」と剛志さん。

 殺人罪などで起訴された植松聖(さとし)被告(29)は「意思疎通ができない人を刺した」と述べたという。

 剛志さんは「彼が『意思がない』と言った一矢は、こうして意思を持っている。そのことを本人に直接伝えたい」と言った。(神宮司実玲)

入所者120人への確認進む

 やまゆり園では、約120人の入所者が将来の生活をどこでどう過ごしたいと考えているか、意思を確認する取り組みが進む。職員や障害者の相談支援の実務経験があり、行政の研修を受けた相談支援専門員らが支援する。事件後、厚生労働省が「地域社会における共生」に向けて新たにガイドラインを定めた障害者施策の一環だ。

 入所者本人の意思をくみ取り、希望している暮らしに近づける狙いで、大規模施設では相談とケアが同時にでき、地域では思い通りの生活ができる。

 芹が谷園舎で暮らす奥津ゆかりさん(50)は、神奈川県茅ケ崎市で生まれ、知的障害がある。高校卒業後に就職したが、次第に体調を崩し、2009年にやまゆり園へ入所した。

 グループホームでの暮らしを望んでいるが、芹が谷や津久井に再建予定の新施設への期待もある。「気の合う人たちと一緒になればいいけれど、不安もある。どこで過ごすか、まだ迷っている」

 支える側の職員も、試行錯誤を続けている。ある職員は「健常者でも本音と建前がある。入所者にも気持ちの変化はある」。感情の起伏が激しいと、朝に「楽しい」と言っていても夕方に「嫌だ」と変わることがあり、奥津さんの気持ちも揺れ動く。

 ある相談支援専門員は「入所者本位で考えるという意味で、『振り回される』ことを前提とした対応が大事だ」と受け止める。

 会話ができない重度知的障害者もいて、散歩の際の何げない様子など、細かい記録を積み重ね、本音を見極める作業が続く。成年後見人や行政との調整も必要で、入所者の思い通りになるとも限らない。別の専門員は、「こちら側の『決めつけ』にならないように気を付けている。新施設がどんなものなのかがわからない状態で、行き先を選んでもらうことは難しい」。

 現在、入所者120人のうち110人が、津久井、芹が谷のいずれかへの入居を希望しているという。(岩堀滋