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(18日、高校野球東東京大会 城西6―3東京実)

 東京実は八回裏、同点にされ、なおピンチが続いた。マウンドのエース宮内翔生(3年)は「逃げるな」と自分に言い聞かせる。思いっきり腕を振って直球を投げ込んだ。はじき返された打球は左翼線を転がった。適時二塁打となり、勝ち越された。

 小学校時代から投手だった。中学卒業後、東京都内の私立強豪校に進み、野球部に入った。だが、寮生活になじめず、「ホームシックになった」。早々に川崎市の自宅から通学できる学校へ移ることにした。

 選んだのが東京実だった。中学時代のチームメートだった主将松原龍之介(同)の母親も誘ってくれた。山下秀徳監督も中学時代に見学した時のことを覚えていてくれた。6月に転校した。規定で1年間は公式戦に出られないことを覚悟のうえだった。

 ただ、肩とひじの故障もあり、2年の夏はベンチに入れなかった。新チームでも背番号15で野手登録。練習に身が入らなくなった。秋の都大会後、山下監督から言われ、目が覚めた。

 「野球がやりたくて来ていることを忘れるな。誰が見てもお前が『1』だと思うように成長しろ」

 100メートルの坂道をダッシュして走り込んだ。200メートル走を20~30本やる練習なら、みんなより1本でも2本でも多く走った。

 この日、背番号1の宮内は毎回走者を背負いながらも粘り強く投げた。だが八回裏に力尽きた。二塁打で勝ち越された後、四球と安打で満塁にされたところで交代が告げられた。

 マウンドで、ていねいにボールを手でこすり、救援投手に渡した――。

 山下監督は試合後、「よく投げた。宮内がいなかったらここまで来られなかった」とたたえた。宮内も胸を張った。「この学校にきた意味は、今日の試合に詰まっていた。あきらめず、一生懸命、野球をやれた」=江戸川区(山田知英)