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(18日、高校野球西東京大会 国学院久我山7―0国立)

 シード校・国学院久我山に挑んだ国立は、前の試合で約130球を投げて1失点で完投したエース徳田健吾(3年)の登板はなかった。「継投した3人を信頼して任せたので納得している。でも、投げたい気持ちはあった」と悔しがった。

 昨夏も背番号1を背負った。だが、苦い記憶しかない。4回戦の専大付戦で救援したものの、打者4人で被安打1、3四死球。1死も奪えずに交代した。

 「国立のエース」の重圧だった。有数の進学校ながら1980年に都立初の夏の甲子園出場を果たす。その1番は「重かった」。

 最近まで調子は上がらなかった。6月ごろ、元気がないと心配する福谷真一監督や家族から励まされた。「お前が楽しめばいいんだよ」。切り替えた。「最後の夏は自分が楽しむため戦う」。変な重圧を気にしなくなったら直球やスライダーの切れが増した。

 今夏は前の試合の好投に加え、初戦は6回被安打4で無失点。この日の登板はなかったが、最後の夏の景色は、良い残像でしめくくられた。引退後は難関大学への進学をめざす。野球には区切りをつけるつもりだ。「でも、この夏を思い出せば、またやりたくなるかも」=市営立川(木村浩之)