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(21日、高校野球山形大会 山形中央4―3日大山形)

 1点を追う九回表2死。次打者席に入った日大山形の4番渡部雅也選手(3年)は、前の3番を打つ鹿野航生選手(3年)に伝えた。「俺まで回してくれ」。最後まであきらめていなかった。好機で打てる自信もあった。しかし目の前で鹿野選手は内野フライに倒れ、試合終了。渡部選手はその場で立ち尽くした。

 福島県出身。中学時代にプレーしていたチームの監督の紹介で日大山形に進学した。1年の夏、チームは甲子園に出場。スタンドから見た先輩がプレーする姿に、甲子園への思いが膨らんだ。

 翌春、チームが選抜出場を果たすと、2年生ながら4番打者として先発出場。春夏通算21回の甲子園出場を誇る「日大山形の4番」として警戒される打者にまで成長した。

 今春にはU18(18歳以下)日本代表候補合宿にも招集された。行くまではワクワクしていた。しかし、いざ参加すると「ここにいていいのかな」。ほかの選手との力の差を感じた。技術の高さはもちろん、日頃の生活でも周囲を気遣う姿勢に感銘を受けた。

 3日間の合宿を経て、チームに戻ると、周りの選手にも目を配るように心がけた。荒木準也監督も「立ち居振る舞いや周囲への観察力が成長した」と認める。

 そして挑んだ夏の大会。「U18候補」という新たな「肩書」に重圧も感じた。だが「プレッシャーを力に変えて戦おう」と臨んだ。

 初戦、2試合目の2試合で1安打と本領を発揮できなかった。

 だが、この日は3安打を放ち、打点も記録。しかし最後の打席となった七回一、二塁、長打で逆転の好機は三振に倒れた。「打ちたい気持ちが強すぎた。楽にいけば良かった」と悔やむ。

 今後も野球は続けるという。目指すのは「好機に一本が打てる打者」。これからも打撃に磨きをかけていくつもりだ。(鷲田智憲)