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 原子力や植物、人体などをモチーフとした作品を発表し、東日本大震災以降は一日も欠かさず「震災後ノート」をつけ続けている美術家・山口啓介の回顧展「山口啓介 後ろむきに前に歩く」が、広島市現代美術館で開かれている。いくつかの社会的な出来事をターニングポイントとして描く対象を変遷させ、人工と自然、具象と抽象など、相反する要素の間を行き来してきた作品群。「バランス」がキーワードと言う作家にロングインタビューした。

原爆

山口は1980年代後半、旧約聖書の「方舟」をモチーフとした大型銅版画で注目を集める。その後、米国に滞在していた92年に同い年の米国人と交わした会話がきっかけで、原爆や原発というモチーフが作品に現れるようになる。

 僕は1962年生まれで、僕の上の世代は学生運動をやってる世代。その先は戦争、被災をしてる世代で、その上は戦中派。僕はちょうど大学の時にバブルで戦争も知らず、日本の豊かな消費文化の中で育った初めの世代。だから、社会とか戦争の問題を自分の動機として考えたことは、あまりなかったわけです。

 92年から1年3カ月間、文化庁の在外研修制度などを使ってアメリカへ行きました。アメリカは発明の国で、エジソンなどが非常に高く評価される空気があった。同い年のアメリカ人と話した時に彼がそういう話をしたんですけど、最後に軽く付け加えるように「原爆もね、自分たちはつくったんだよ」と。僕と同じように豊かな消費文化で育った戦争を知らない世代の彼が、発明品として原爆を付け加えられる。それを軽く言える理由は何だろうって、そこから考え出したんですね。

 僕は戦争の実体験がないから、丸木位里さん・俊さん夫妻の「原爆の図」のようなものは描けない。けれど、彼と同じような軽さでそういうものを表現できないかな、返してやりたいっていうかね、そういう気持ちがその時にわかに芽生えた。たぶんその時、僕は初めて自分の国を外から見て、「他者」に出会ったんだと思う。それで、方舟(はこぶね)の作品(「Calder Hall Ship―ENOLA GAY」)をつくりました。

 あの作品で飛んでるのはB29じゃなくて船。その上にある五つの煙突みたいなのは、アメリカとかヨーロッパ型の原発に多い冷却塔なんです。その下でぐるぐる回ってる輪っかのようなものは、爆心のひとつのイメージだと思う。

 あの作品はちょうど戦後50年、95年の発表に向けてつくった。原爆が投下された50年後には原発が50基ぐらいこの島で稼働してて、しかも危険な廃棄物を分離するのにわざわざ外に運んでいる。その両方を重ねた表現をしないと、丸木さんの時代から50年経った自分の、日本の状態が消えちゃうような気がした。

 作品の中で、無機的な船に有機的な種子が付いてたりすることは初めからありました。それはどうも僕の性格というか、先日も「バランス」という言葉を使って指摘されたんですけど、無機的なものをつくるとやっぱり有機的なものを同時に入れたい。あるいは、原爆投下の50年後には最先端の原子力を良い意味でも悪い意味でも平和利用してるとか、そういうのを重ねたいという欲望があった。

変化

ドイツに滞在した90年代半ば以降、作品の主要テーマは破滅のイメージをまとった巨大な構造物から、植物のミクロな世界へと移行する。転機の一つは、渡独直前に起きた阪神・淡路大震災だった。

 「ENOLA GAY」をつくった後、95年1月に阪神・淡路大震災が起こった。僕はまた別の助成をもらって、3月にドイツへ行くことが決まってたんです。当時は東京にいて、相当揺れました。僕は兵庫県西宮市生まれで、両親は当時その北の三田市に住んでいた。その日僕は徹夜していて、ニュースを見るとなんか燃えてると。

 よくメディアで出る、高速道路がなぎ倒されてる写真があるじゃないですか。巨大な構造物が倒れ、壊れているというカタストロフィーが、方舟など自分のテーマとつながる。つながるとやっぱり描けますよね。その時まだ30代だったから、そうやって描いてる自分がむしろ嫌だという気持ちが起こった。ドイツに行くことも決まってたし、両親も安全とわかったので結局、関西に行かずにそのままドイツに行っちゃったんです。何もできなかったという思いもあるし、社会的な問題はちょっときついなって気持ちもあったと思う。

 ドイツに行くと、今度は植物とか昆虫の方に興味が移っていきます。「ENOLA GAY」で飛んでいる穴がいっぱい開いた輪っかのようなものは、北朝鮮・寧辺にある核施設の映像で見たイメージ。レンコンのように穴が開いた黄色いサークルのような形態にすごくひかれた。その形に何かそれ以上の意味を見てたんだって気はしていたんですけど、最初はよくわからなかった。

 そんな時、ドイツで蜂の巣をたくさん見たんですね、ドイツは養蜂が盛んで。黄色い形態に穴がいっぱい開いている。「あ、これだ」と思った。思い返せば小さいとき、蜂に刺されて大変な思いをした記憶があるんですね。だから、ああいう黄色い形態に黒い穴が開いてるようなものには本能的に危険を感じる。それがわかって、原発の施設よりむしろ、蜂の巣なんかの方に興味が向いた。ちっちゃい昆虫がああいう精巧で造形的なものをつくれるってことに驚きがあって、それをモチーフにしたような作品をつくっていた。

 しばらくすると、蜂の巣がハスの花托(かたく)とそっくりだと気づいた。うちは祖父がお寺の住職をしていたので、ハス池や仏具でああいう形態になじみがあった。蜂の巣でそれが恐怖に変わって、原発につながっていくような感じを、自分の記憶で何となくたどることができたんですね。それで今度は、ハスに興味が出てきた。

 ドイツには三木成夫さんの本を持って行っていた。植物の世界は人間の世界なんかよりずっと大きいじゃないかと彼は言ってて、解剖学者なのにむしろ植物に興味があるようでね。人間の体をひっくり返すと葉っぱの葉脈にそっくりだとか、あるいは人間の体は植物と同じように口から肛門(こうもん)までの管だとか、そういう風に人間を植物としてちょっとずらして見てるようなとこがあって、面白いなと。

イラク戦争

 2001年に9・11が起こっ…

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