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(23日、高校野球愛知大会 中京大中京11―0国府)

 「これで最後になるのかな」。打席に向かう国府の大城悠矢君(3年)は思った。五回表、点差は11点。このまま得点できなければコールドが決まる。

 「振っていけ」。バットを握る息子に、大城崇紀監督が声をかけた。この試合、数少ない2人のやり取りだった。

 悠矢君は小学生の頃、父が監督を務める国府によく遊びに行った。グラウンドでプレーする選手たちに憧れ、国府への進学を決めた。北名古屋市の自宅から1時間半かけて通勤していた崇紀監督は「野球や勉強に専念できるように」と、学校の近くにアパートを借りた。

 母親や妹と離れ、男2人での生活が始まった。崇紀監督は初めて料理に挑戦。「ネットのレシピサイトで調べたり、周りに相談したりした」と振り返る。試合前には揚げ物を減らし、ご飯やうどんなどの炭水化物を多めにした。悠矢君は「言葉には出さなかったけど、日々感謝していた」。

 一方、グラウンドでは「一選手として扱っていた」と崇紀監督。悠矢君は野手で背番号は3だが、継投メンバーの一人で、4回戦は被安打1で完封。しかし、この日は中京大中京の打線に捕まり、先発した初回に2点を取られて交代した。試合後、悠矢君は「チームとしてはベスト16の目標を達成できた」とすがすがしい表情を見せた。崇紀監督は「『監督の息子』という風当たりもあったと思う。自分の役割を果たして、成長してくれた。このチームを選んで、3年間よく頑張ってくれた」と目頭を熱くした。(小川崇)