中国の李鵬(リーポン)・元首相が22日夜(日本時間23日未明)、病気のため死去した。90歳だった。国営新華社通信が23日に伝えた。共産党保守派の代表格として江沢民(チアンツォーミン)政権下で党序列2位まで上り詰め、国会にあたる全国人民代表大会(全人代)の常務委員長も務めた。1989年の天安門事件では、首相として戒厳令公布や学生らの弾圧に踏み切った党指導部の判断に深く関わった。

 上海生まれ。電力畑を歩み、83年に副首相、87年に党最高指導部の政治局常務委員会入りした。88年から98年まで首相を務め、中国最大の三峡ダム建設を推進。2003年まで全人代の常務委員長を務めた。

 首相在職中に起きた天安門事件では、学生側に同情的な姿勢を見せた故・趙紫陽総書記(当時)に反対する強硬派の立場をとったとされ、戒厳令は李氏の名前で発表された。

 日本との関係では、89年の訪日で天皇(現上皇さま)と会見し、日中戦争などに対する「遺憾の意」の表明を受けた。92年には、天皇ご夫妻の初訪中を迎え入れた。97年の訪日では、日中関係には「長期的な戦略的観点」が必要だと訴えた。

 15年9月に天安門広場で開かれた軍事パレードに臨席し、その後、体調不良説も出ていたが、17年10月の党大会には出席していた。(北京=延与光貞)