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 俳優の野村玲子さん(57)は1991年から、ミュージカル「李香蘭」で、20世紀の戦争の時代に中国人スター・李香蘭として旧満州(中国東北部)を中心に活躍した山口淑子さん(1920~2014)の数奇な半生を演じてきた。生前の山口さんは「李香蘭」上演のたびに観劇し、野村さんとも親交が深かった。「この作品で時代の記憶を次の世代へ語り継いでいきたい」という野村さんに、山口さんとの思い出を聞いた。

「日中の平和、願っていた」

 「李香蘭」は野村さんの演劇の師であり、後に夫ともなった劇団四季創設者の浅利慶太さん(1933~2018)の代表作だ。「日本からオリジナルミュージカルを、それも昭和の歴史を描いた作品を発信したい」という浅利さんの強い思いから生まれた。「李香蘭 私の半生」(山口淑子、藤原作弥著、新潮社)をもとに浅利さんが企画・構成・演出を兼ね、三木たかしさんが作曲した。劇団四季と浅利演出事務所で野村さんは李香蘭を演じ続け、800回以上のステージを重ねている。

 劇団四季の初演で李香蘭役に抜擢(ばってき)された野村さんは「山口先生からは、役作りのことに関しては何も要望はありませんでした。玲子ちゃんの好きにやっていいわよ、と」と、当時を振り返る。

 「アドバイスしていただいたのは歌唱法です。『自分の歌のなかには胡弓(こきゅう)の音色のようなバイブレーションが入っているので、それを表現してくれるとうれしい』とおっしゃっていました。また、あれだけの素晴らしい歌い手さんでしたので、のどのケアのことなども親身に助言して下さいました」

李香蘭が語るアジア 晩年のインタビュー公開
朝日新聞が所蔵する戦前・戦中の写真127枚をもとに、李香蘭こと山口淑子さんが思い出を語っていました。

 一番印象に残っている言葉がある。

 「『自分は本当に日本と中国の平和を願っていた。それだけは信じてほしい』と。中国公演のとき、最初はいらして下さるかもしれないという話もあったのですが、かないませんでした。いろんな思いがおありだったのでしょう。(祖国を裏切った罪に問われた)戦後の上海での軍事裁判で許され、“李香蘭”の人生は26歳で終わっていますけど、李香蘭という存在が中国の人に100%許されているとは山口先生も思っていなかったのではないでしょうか」。浅利さんと野村さんの帰国後、中国公演の成功を誰よりも喜んでくれたという。

 野村さんは演じるたびに、李香蘭=山口さんの人生から新たな発見があるという。「たとえば、『二つの祖国』を歌い終わって、裁判長から無罪の判決をいただきますが、そこから新しい命をもらい、山口淑子さんとしての第二の人生が始まります。それは、平和への願いに人生を捧げていこうと思う瞬間なのかなと、演じていて感じました」

 生前の山口さんは「李香蘭」上演のたびに観劇に訪れた。「舞台上でお客様にあいさつして下さったこともありました。ご本人がいらっしゃるので、お客様が緊張されていたような雰囲気でしたね」と振り返る。

語り継ぐ歴史の重み

 浅利さんが昨年7月13日に85歳で世を去って1年。追悼公演「李香蘭」(浅利演出事務所)が27日に東京・浜松町の自由劇場で開幕する。2015年の上演では山口さんを追悼した。2人の先人を失った野村さんは演出役も兼ね、舞台全体の責任を背負って臨む。

 「演者は役に深く入り込み、自分の中に刻んで生き抜くのが仕事。そこに関してはわかるのですが、それとは違う次元で演者たちを見る経験を初めてしてみて、演出家が見ていた作品の全体像を100%は理解できていなかったんだとがくぜんとしました。こんなに長い時間、関わってきたのに」

 戦争の時代が遠のく中で、時代の空気をリアルに語り継ぐことの難しさも実感しているという。

 「1991年にたたき台の台本を読ませていただいたとき、演出家から激しく叱られました。『時代背景を知らない』『戦争という時代をまったく理解していない』と。それと同じことが今回も若い人に起きています。いま一番の若手は16、7歳で、祖父や祖母の世代も戦争を知りません。それでも演出家は昨年まで、『時代の実感を持って(劇中で)生きてくれないと、この作品は成立しない』と言い続けていました。そこをどういう風に理解してもらうかが大きな課題です」

 国内上演はもとより、過去の中国4都市(北京、長春、瀋陽、大連)公演やシンガポール公演も大きな成功を収めた。今後も、平和へのメッセージと歴史の教訓に満ちたこの作品を、時代や国を超えて語り継ぎ、伝えていきたいと野村さんは考えている。

 ◇追悼公演「李香蘭」は8月12日まで。問い合わせは電話03・3379・3509(浅利演出事務所)。(編集委員・藤谷浩二)

李香蘭が語るアジア
戦下の大陸。中国人女優として大人気を得た日本人がいた。あの頃を語る彼女の声が、録音機に残っていた。