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 「令和の怪物」が大船渡の佐々木朗希(ろうき)なら、「平成の怪物」と呼ばれたのが横浜(1998年=平成10年)の松坂大輔(38)。そして最初に「怪物」のニックネームがつき、のちに「昭和の怪物」と言われたのが作新学院(1973年=昭和48年)の江川卓(64)だ。実に栃木大会5試合のうち3試合で無安打無得点試合を達成し、夏の甲子園にやってきた。

 「昭和の怪物」が日本中を熱狂させたのは46年前。インターネットはおろか、家庭用ビデオも普及していない時代である。「怪物」の評判は聞こえてきても、その投球を実際に目にした者は、全国的には少なかった。それでも、この年、春の甲子園で準優勝、夏は優勝する広島商では、迫田穆成(よしあき)監督や捕手の達川光男らが「速すぎてバットに当たらんらしい」「バントもできんそうや」という評判をもとに、対策を練ったという。

 その「怪物」が初めて甲子園に登場したのは3年生になる73年春の選抜大会。1回戦で北陽(大阪)を相手に19奪三振で完封。強烈なデビューを飾った。とにかくバットに当たらない。二回に5番打者が初めてファウルを打つと、観客から拍手がわき起こった。一回から数えて23球目だった。

 準決勝で広島商に敗れたものの、4試合で計60奪三振は今も大会記録として残っている。

 これで一気に「怪物」フィーバーが巻き起こった。甲子園ではないが、佐々木が3年生の春先に日本代表候補合宿で163キロを計時し、一気にフィーバーとなったのに似ている。

 そして迎えた夏。「昭和の怪物」はけた違いの投球を展開する。

江川卓 3年夏の栃木大会成績(第55回大会)

▽2回戦 4―0真岡工

 0安打21奪三振1四死球

▽3回戦 2―0氏家

 0安打15奪三振0四死球

 (振り逃げ三振1)

▽準々決勝 5―0鹿沼商工

 1安打15奪三振

 (無安打記録は21イニングでストップ)

▽準決勝 6―0小山

 1安打10奪三振2四死球

 (八回までで交代)

▽決勝 2―0宇都宮東

 0安打14奪三振0四死球2失策

 金属製バットが解禁になる前年。高校野球はまだ木製バットだったとは言え、まさに「怪物」にふさわしい活躍ぶりだった。

 「昭和の怪物」の時代とはバットも打撃力も違う。それでも「令和の怪物」も6回参考記録ながら無安打無得点試合を達成するなど、岩手大会で29イニングを投げて2失点と、期待を裏切らない投球を展開している。

佐々木朗希 岩手大会の成績(第101回大会)

▽2回戦 14―0遠野緑峰(五回コールド)

 2回0安打2奪三振

▽3回戦 10―0一戸(六回コールド)

 6回0安打13奪三振1四死球

▽4回戦 4―2盛岡四(延長十二回)

 12回7安打21奪三振3四死球

▽準々決勝 6―4久慈(延長十一回)

 出場なし

▽準決勝 5―0一関工

 2安打15奪三振3四死球

 いよいよ決勝。「令和の怪物」は夏の甲子園にやってくるのか。

 ちなみに、「昭和の怪物」は今年6月2日、「令和の怪物」の練習試合を日本テレビ系列のスポーツ番組の取材で観戦している。そのときは次のような感想を語っている。

 「何がうらやましいかと言うと、190センチもあるという身長。角度もあるし、スピンもあるし、絶対に有利。これからどこまでいくのだろうと楽しみです」(編集委員・安藤嘉浩