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(26日、高校野球佐賀大会 佐賀北4―1鳥栖)

 2点を追う二回裏、2死一、二塁で鳥栖の9番・堀江健太朗君(3年)に打順が回ってきた。

 「打てば絶対に試合の流れは変わる」。1ストライク後の2球目、スライダーが真ん中に来た。打球は一、二塁間を抜け、右前へ。走者が1人かえり、貴重な適時打になった。「ヨッシャー!」。雄たけびに応えるように、ベンチの仲間たちも笑顔でガッツポーズだった。

 父は堀江幸弘監督。サッカー少年だったが、世界の舞台で活躍するイチロー選手を見て、野球の道へ進んだ。自分のことのように喜ぶ父と一緒に野球をしたくて、鳥栖に進んだ。

 監督は誰よりも厳しかった。先輩や仲間も遠慮せず「健太朗」と呼んでくれた。他の選手より活躍しないと試合に出られないと思い、自宅でも素振りを繰り返した。

 身長は160センチとチームで最も小柄で、パワーでは劣る。その分、野手の間を抜くゴロを打つ練習を重ねた。3回戦の九回2死から同点に追いつく適時打を放つなど、今大会期待の9番打者に。「自分が打てば上位につながる」。全員野球を掲げるチームでの自身の役割だと自負していた。

 九回、3点差。負ける気はしなかった。「今からだぞ!」。5番から始まる攻撃に、仲間と笑顔で声を張り上げながら、ヘルメットをかぶって打順が回ってくるのを待った。打席は、回ってこなかった。

 試合後、目を真っ赤に腫らし、「父と甲子園に行きたかった」と漏らした。監督のまなざしは優しかった。「今まで甘い言葉をかけたことはなかったが、本当によく頑張ってくれた」。5試合で17打数7安打4打点は、チームトップの成績だった。(平塚学)