京都の夏は日本三大祭りの一つ、祇園祭でにぎわう。その盛り上がりの一方で、花街の祇園町一帯で芸妓(げいこ)たちによる豪華な仮装行列「祇園会(え)ねりもの」があったことを知る人は、今やほとんどいない。花街文化に詳しい地元旅館の支配人、正脇良平さん(63)は、半世紀以上前に途絶えた伝統行事の復興を夢見ている。「もうひとつの祇園祭」とも称される「ねりもの」とは、何だったのか。話を聞いた。

 ――「ねりもの」はどんな行事だったんですか。

 祇園祭の「神輿洗(みこしあらい)」に合わせ、当代きっての売れっ子芸妓たちが、その年ごとに決めた演目に合わせた豪華な衣装を身にまとい、夜通し練り歩きました。江戸時代中ごろに町衆が始めたとされ、やがて芸妓たちに変わった。1893(明治26)年を最後にいったん途絶えましたが、1936(昭和11)年に復活。その後、1960(昭和35)年まで4回行われました。

 《昭和期に復活させる話が持ち上がった際、当初は祇園甲部と今の祇園東が毎年、交互にやる予定で1935(昭和10)年にまず祇園甲部が実施するはずだった。ところが直前に、鴨川が氾濫(はんらん)する未曽有の大洪水があり、祇園甲部はこの年の開催を取りやめた。翌年に祇園東が復活させて以降、60年まではすべて祇園東が開催した》

 ――どんな特徴が?

 本来、芸妓たちが着る着物は、…

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