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香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦してきた「慎吾とゆくパラロード」。東京パラリンピック開幕が1年後に迫る今回は競技会場を探訪しました。訪ねた先は、東京湾岸で新設工事中の有明体操競技場。ボッチャの会場です。元パラリンピアンの大日方(おびなた)邦子さん(47)らとともに、選手たちの活躍に思いを巡らせました。

 薄暗い通路を抜けると、ライトに照らされた競技会場が目前に広がった。

 《広っ、天井も高っ!》

 会場は木造の屋根をリフトアップしてつくられ、高さは約30メートル。柱のないシンプルな大空間に、香取さんは大日方さんとそろって感嘆の声をあげた。五輪では体操や新体操、トランポリンも行われる。

 2人はすぐに気づいた。

 《建設現場とは思えない、いい木の香りがします。》

 会場付近はかつて、木材を集積する貯木場だった。設計コンセプトは湾岸エリアに浮かぶ木の器。案内役の大会組織委員会・会場整備局の高橋安由(あゆ)さん(29)が言った。

 《五輪・パラリンピック施設で最も多い約2300立方メートルの木材を使っています。客席には三重の杉、天井の梁(はり)は長野、北海道のカラマツが使われています。》

 木材は鉄骨使用より二酸化炭素排出量の削減が期待できる一方で、維持費は変わらず、災害時の安全性にも問題がないという。

 香取さんは客席を見渡しながら言った。

 《ぬくもりを感じる。僕は色々な会場で歌をうたってきたけれど、こんな温かみは初めてです。》

「パラリンピックのための会場という感じ」

 3人は競技前の選手たちが待機するラウンジに入った。入り口近くには、大人数人が入れるほどの広いトイレが二つ並ぶ。

 元チェアスキー選手の大日方さんは驚いた。

 《多目的トイレが複数並んでいるのは見たことがない。本番では選手たちは同じタイミングで動く。これなら並ばなくていいかも。今まで多少の苦労は仕方ないと思ってきたけど、よく考えられている。》

 引き戸は、とびらを上からつって、床のレールをなくすことで段差を解消。シャワー室は、介助者も一緒に入れる広い部屋を二つ、健常者用と別に設けた。

 高橋さんは理由を話す。

 《ボッチャの選手の多くは、脳性まひなど重度の障害がある。電動車いすで移動する選手もいます。広さや移動のしやすさが特に重要です。》

 過去には五輪の閉幕後、施設を一時的にパラリンピック仕様にした大会もあった。パラリンピックは障害者の世界最大規模のスポーツイベントだ。組織委は大会を契機に多様性を認め合う共生社会の実現をうたう。設計の段階から選手のことを考えた仕様に、香取さんは心を熱くした。

 《パラリンピックのための会場という感じがする。皆さんの仕事は、きっとみんなの笑顔のためだろうし、2020年は心に刻まれる大会になればいい。いや、これはなれるな。》

 大日方さんも大きくうなずいた。

 3人は2階の観客席に座った。1年後、ここで世界各国の選手たちが躍動する。

 大日方さんは想像した。

 《木に包まれ、選手と観客がつながれるような感じがする。本番はきっと盛り上がる。ここにいると自国開催だった1998年長野大会に出た自分がいかに幸せだったかを思い出す。なんだか選手としてまた出たくなっちゃった。》

 香取さんが続けた。

 《2020大会はテクノロジーの進化で、どこか近未来の大会を想像していたけれど、ここには古きよき温かさがある。競技場と客席の距離も近い。選手の緊張も和らぐんじゃないかな。》

 2人は車いす席の設置場所に立ち寄った。介助者も一緒に見られるよう介助者用席も設置される予定だ。大日方さんはふと思った。

 《介助者用のいすも木ですよね?》

 高橋さんの顔が曇った。

 《えっ、木じゃないです。》

 苦笑いの大日方さん。

 《そこも木にしてもらえたらうれしいんだけどな。》

     ◇

 大日方 邦子(おびなた・くにこ) 1972年、東京都生まれ。3歳で交通事故にあい、両足に障害をおった。高校2年でチェアスキーに出会い、98年長野パラリンピック滑降で金メダル。5大会に出場し計10個のメダルを獲得。18年平昌大会では選手団長を務めた。

 高橋 安由(たかはし・あゆ) 1990年、静岡県生まれ。都市デザインを学び、2013年、東京都新宿区役所に入庁。東日本大震災の被災地支援で、宮城県亘理町役場勤務も経験。16年から大会組織委員会の会場整備局で、有明体操競技場を担当。2級建築士。