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 「ようこんなに書いたよね」。鳥取市東町に住む田淵啓一さん(85)の手元には、74年前にビルマ(現ミャンマー)で戦病死した父・克己さんが戦地から送ってきた74枚のはがきがある。文面には子どもたちに寄せる父の思いがあふれている。

 勤め人だった父・克己さんが出征したのは、長男の啓一さんが国民学校(いまの小学校)にあがる1941年の2月ごろ。寒い日だった。町内の人たちが日の丸を振って送り出したのをはっきり覚えている。

 克己さんは通信兵として、電信第19連隊に所属し、ビルマに渡った。

 克己さんから届くはがきはビルマの果物の話や人々の様子なども伝えながら、家族を案ずる内容ばかりだ。

 ケウハコチラノクダモノノオハナシヲシマセウ。(中略)ソノ中デモセカイデ一バンオイシイトイワレテイル『マンゴー』ト言フノガアリマス。(中略)トクベツナニオイガシホッペタカラシタガデルホドオイシイデス。ミンナニモタベサセテアゲタイヨウデス。

 戦争が激しくなる前、克己さんは休みのときに啓一さんを山や川につれて行ってくれ、食堂でホットケーキを食べさせてくれた。父から怒られた記憶はない。

 こんなはがきもあった。

 今日はまんげつです。お月様を…

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