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 金沢市出身の元ハンセン病患者で、歌人の浅井あいさんの命日にあたる3日、支援者らが同市の奥卯辰山墓地公園で墓参りし、隔離政策で家族と引き離された苦難の生涯をしのんだ。

 教師を目指していたが、旧石川県立女子師範学校付属尋常高等小学校に通っていた14歳の頃に発症。退学させられ、16歳で群馬県の国立療養所栗生(くりう)楽泉園に入所した。病気の影響で29歳で失明。園名の「浅井あい」で、療養所での生活や故郷への思いなどを口述で短歌に詠み、「心ひたすら」など歌集も出版した。ハンセン病の国家賠償訴訟にも加わった。

 2005年に85歳で亡くなり、この墓地に納骨された。支援団体「ハンセン病支援・ともに生きる石川の会」の木村吉伸会長(67)によると、「家族に迷惑をかけたくない」という浅井さんの意向で、本名を墓石に刻まなかったという。

 この日の墓参では、患者の家族への賠償を認めた熊本地裁の判決確定を受け、浅井さんが家族と面会した時のことを綴った文章を、支援者が朗読した。めいの表井美枝子さん(75)は「晩年まで(浅井さんの存在を)全く知らされなかった。実際に会って本を読んで涙が止まらなかったのを覚えている」。木村会長は「偏見や差別はまだ残っている。一掃する取り組みを続けたい」と話した。(木佐貫将司)